( 316853 ) 2025/08/17 05:46:42 0 00 インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷被害が認定されても、賠償額より必要経費の方が高くつく-。名誉毀損(きそん)を訴える訴訟で、こんな判決が出されるケースが少なくない。大阪府内の歯科医師親子が起こした訴訟で、大阪地裁が認めた賠償額は26万4千円。投稿者を特定するだけでその2倍以上の費用を要し、大きな〝赤字〟となった。ネット中傷が社会問題化する中、当事者は「裁判所が変わらなければ泣き寝入りが増える」と、賠償額の認定における裁判所の姿勢に危機感を抱く。
■投稿者特定に50万円以上
《審美や矯正、インプラント、セラミック、口腔(こうくう)外科の知識は20年以上前のもの。(だから)予約が取りやすい》
歯科医師は令和5年5月、グーグルマップ上の自らの歯科医院の口コミに、こんな匿名の投稿がなされているのに気がついた。口コミは歯科医師の態度についても、「開口一番『こんちわ!どしたん?』となれなれしい」「マシンガンのような一方的なおしゃべりだけで10分以上。正直苦痛」と言及していた。
医療機関を探すとき、グーグルマップとその口コミを参考にすることは一般的に行われている。「口コミの内容は噓。放置できない」。事態を重く見た院長ら親子は弁護士に依頼し、プロバイダーに仮処分を申し立てるなど、投稿者を特定する裁判手続きを行うことにした。
特定された投稿者は、同年5月に歯の詰め物が取れたとして治療を受けていた女性だった。開示手続きの動きを知った女性は11月に口コミを削除し、歯科医院にも謝罪に訪れた。ただ投稿者の特定までに弁護士に支払った費用など55万円の調査費用がかかっており、2人は女性に対し、慰謝料を含め計330万円の損害賠償を求めて提訴した。
■違法投稿認定も「影響は限定的」
口コミ投稿から2年近くをかけてやっとたどり着いた今年1月の地裁判決。判決は「知識は20年以上前のもの」という記載について「(歯科医師らの)社会的評価を低下させる」と判断。さらにその内容自体も真実とはいえないとして、違法な投稿と認めた。
ただ口コミが直ちに信用できる性質の情報ではないことは常識で、その悪影響は「限定的」だとして、認定された慰謝料は2人合わせて計20万円にとどまった。さらに調査費用について、不法行為と関係があるのは「慰謝料の2割分」という基準を示し、計4万円しか認めなかった。
歯科医師側は判決を不服として控訴。7月の大阪高裁判決は慰謝料を計40万円に増額したものの、調査費用は「実際に支出した額の半分」(27万5千円)とした。賠償命令の総額は計74万2500円で、歯科医師側は上告した。
■調査費用の賠償、全額認めるケースも
調査費用を一部しか認めない判決は珍しくないが、近年は全額を「損害」と認めるケースも出てきている。
東京高裁は2年1月、調査費用について「発信者情報の開示を得なければ損害賠償の請求ができず、必要不可欠な費用」と指摘。「全額を不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当」と判断した。
東京地裁も5年4月、ネット投稿に対する慰謝料額を10万円と認定しつつ、それを大きく上回る調査費用66万円について全額を損害と認めた。
■加害数分、回復には多大な時間
ネット中傷は社会問題となり、被害を減らすための制度作りは国レベルで進んでいる。今年4月に施行された情報流通プラットフォーム対処法は、事業者にネット投稿の削除申請への対応・回答という手続き的義務を課した。ただ、グーグルマップの口コミは対象外で、抑止力という点からも損害賠償請求訴訟の重要性は変わっていない。
歯科医師の代理人を務めた若松陽子弁護士(大阪弁護士会)は、ネット中傷について「加害者側は数分で書き込めるのに対し、被害者側は虚偽だと証明するのに多大な時間と費用、労力を強いられる」という構造的な問題があると指摘する。
その上で、せめて適切な賠償額が認められなければ中傷はなくならないとし、「裁判所は形式的に過去の判例を当てはめて調査費用を低く認定するのではなく、新しい型の権利侵害として被害回復を図ってほしい」と訴えている。(藤木祥平)
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