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自動車ジャーナリストの鳥谷定氏が、著名経営コンサルタントの山口周氏の音声配信に基づいて、自動車デザインと社会の価値観についての記事を執筆した。

山口氏は現代社会が成熟した大人の価値観から「12歳の子ども」のような即物的な価値観に退行しており、自動車デザインが威圧的な「ロボット顔」になっていると指摘。

この背景には、新興成金層が主な購買層となり、文化的教養よりも視覚的インパクトを求める傾向があることが挙げられる。

 

 

自動車は移動手段である一方で、所有者の価値観を反映しているため、デザインや機能の要求も多様である。

現在、各層向けに異なるデザインが求められているが、この傾向にはリスクも隠れており、都市景観や文化的成熟を脅かす恐れがあると警鐘を鳴らしている。

未来の自動車デザインには、視覚的なインパクトだけでなく、公共性や文化的価値との調和が求められる。

 

 

デザインを市場のニーズや都市空間に調和させる努力が必要であり、企業は迅速に対応する必要がある。

持続可能な成長を実現するためにも、文化的価値の発信や消費者教育の強化が重要になる。

これにより、成熟した顧客層を育て、長期的なブランド価値の維持が可能になる。

 

 

(要約)

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自動車(画像:Pexels) 

 

 筆者(鳥谷定・自動車ジャーナリスト)は先日、著名経営コンサルタント山口周氏の音声配信をもとに当媒体で記事を執筆した。山口氏は『ベストセラー人生の経営戦略』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』などの著作で知られる人物だ。記事のタイトルは「なぜ現代のクルマは“品格”を捨てたのか──「ロボット顔」が暴く教養なき富裕層と、“12歳化”社会の現実とは」(2025年8月2日配信)。自動車デザインの変化と社会の価値観の関係を論じた。 

 

 山口氏は音声番組「Voicy」(7月2日配信)で、現代社会の価値観が「成熟した大人」から 

 

「12歳の子ども」 

 

レベルに退行していると指摘した。この「12歳化」とは、市民意識や社会的責任の希薄化を意味する。即物的でわかりやすいものを好む傾向が強まっている。 

 

 その象徴として、山口氏はマツダのカーデザイナー前田育男氏との対談で聞いた話を紹介した。「世界の自動車が総『ガンダム化』している」という表現だ。 

 

「ガンダムっていうのはまさに子どもが見るもので、子どもがちょうどかっこいいと思うようなデザインになっているわけですけれども、それがまさに自動車のデザインにも広がって、先般、マツダのデザインのトップをやられている 前田育男さんと話してたんですけども、世界の自動車が『総ガンダム化』しているっていうことをいっていて、言い得て妙だなと思ったわけです」(「Voicy」7月2日配信分より) 

 

 近年の高級車や電気自動車(EV)には、威圧的で線が多いロボット的デザインが目立つ。かつて自動車は文化的象徴だった。しかし今は単純な「かっこよさ」へと傾きつつあるという。 

 

 背景には社会の成熟喪失がある。かつて高級車は貴族階級が支えていた。購入者は教養や審美眼を備えていた。しかし現在の主要購買層は新興成金層だ。彼らは美術品に囲まれて育っておらず、視覚的インパクトの強いデザインを好む。文化的教養よりも即時的でわかりやすい外観が選択基準になっている、とのことだった。 

 

 山口氏は、市民的責任や奥ゆかしさを失った社会の退行を憂える。根本的な問いは「誰のために自動車を作るのか」だ。見た目重視の社会は成熟を放棄した証拠だ。未来の自動車は「映え」ではなく、本来の美意識を取り戻す必要があるのではないか。 

 

 結びとして山口氏は、大人の成熟と社会的責任の重要性を強調した。 

 

「大人がやっぱりいないと社会ってものはダメなんじゃないかと思うんですが、皆さんいかがでしょうかね。本来社会で責任を担うべきエリートの人たちが、ただの『お金持ちの子供』、『お金だけ持ってる子供』っていう風になっちゃってるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか」(同) 

 

 

山口周氏の新著『いまこそ、本物のサステナビリティ経営の話をしよう』(画像:講談社) 

 

 山口氏の音声配信で触れられていたように、「ロボット顔」的な自動車デザインが注目されている。 

 

・大型グリル 

・鋭角なライト 

・立体的な造形 

 

が組み合わされ、アニメやSF映画に登場するロボットを思わせる印象を与える。こうしたわかりやすい「かっこよさ」が求められ、強い視覚的インパクトが近年ますます重視されている。 

 

「ロボット顔」は威圧的で街並みにそぐわないといった批判もある。しかし販売は意外にも好調なモデルも多い。この乖離は、デザインの評価基準が 

 

「購入層によって異なる」 

 

ためだ。市場特性を具体的に切り分け、分析する必要がある。 

 

 先日の筆者の記事に寄せられたコメントでは、トヨタのアルファードやヴェルファイアに関する内容が目立った。新興成金層が好む威圧的なデザインの代表格として挙げるコメントが多かった。こうした批評や是非の議論がある一方、 

 

「市場での評価には必ずしも反映されていない」 

 

実態がある。2025年上半期の販売台数では、アルファードが4万4735台でランキング7位、ヴェルファイアは15位と、いずれも好調だ。 

 

 自動車は移動手段であると同時に、所有者の価値観やライフスタイルを映し出す。購入層ごとに求めるデザインや機能は異なるため、一概に良し悪しを判断することは難しい。各購入層に切り分け、それぞれの特徴や購買動機を整理して論じることが重要だ。 

 

現保有車の購入価格(2023年度乗用車市場動向調査)(画像:日本自動車工業会) 

 

 2024年の年代別の平均年収は、20代が360万円、30代が451万円、40代が519万円、50代以上が607万円だった。2023年との比較では、20代が8万円増、30代が4万円増、40代が8万円増となった。一方、50代以上は前年と変化がなかった。 

 

 大衆層の平均年収は500万円前後と想定される。この層は万人受けする無難で普遍的なデザインを重視する。価格帯に制約があるため、機能性や経済性の優先度が高いのも特徴だ。トヨタ・カローラやホンダ・フィットといったコンパクトカーやセダンを好む。デザインは過度な装飾を避け、 

 

・安心感 

・信頼感 

 

があることが重要視される。国内販売の大部分を占め、購買層全体の約4割に及ぶ。購入価格は300万円までが最も多い。購入にあたっては慎重で堅実な傾向があり、メーカーは攻めたデザインより無難さを重視する。 

 

 成金層(新興富裕層)は自己顕示欲が強く、視覚的な派手さやインパクト、威圧感を求める傾向がある。購入動機には 

 

・ブランド力 

・他人より目立つこと 

 

が強く影響する。例えば、トヨタ・アルファードやレクサス、高級ブランドのスポーツタイプ多目的車(SUV)などが好まれる。デザインも大きなグリルや鋭いライン、多様な装飾といった特徴を持つ。近年、富裕層の急拡大にともない、この層をターゲットにした市場は成長基調にある。メーカー各社にとって重要視するセグメントのひとつである。 

 

 富裕層(伝統的な高所得層)は審美眼が非常に発達していることが特徴だ。伝統的な高級感や洗練さを重視し、流行よりも 

 

「普遍的な美」 

 

を優先する。購入動機として重要視するのは品質や歴史的価値、ブランドの伝統性である。メルセデス・ベンツ、ポルシェ、ベントレー、フェラーリなどの伝統ある高級車が特に好まれる。デザインは控えめでありながら品格を醸し出し、時代を超えた価値観を表現するモデルが多い。インテリアや素材感にも強いこだわりが見られる。世界的には高齢化により縮小傾向にある層だが、車両単価が高いため経済的影響は依然として大きい。 

 

 

 一方で、各層に選ばれるメーカー各社には特徴がある。 

 

 まず欧州メーカーは、品質と伝統を重視する。洗練されたシンプルさを追求し、機能的な美しさも兼ね備える。特に欧州では環境規制が厳しく、性能とデザインの両立が求められる。代表的なメーカーにはBMW、メルセデス、アウディ、プジョーなどがある。いずれもブランドとして一定の評価を維持している。BMWやアウディではグリル形状が大型化する傾向にあるが、全体のバランスを保ち、洗練されたデザインを維持している。 

 

 次に米国メーカーは、米国のアイデンティティを反映し、力強くアグレッシブなスタイルを特徴とする。SUVやピックアップトラックが人気で、デザインも大型で強靭さを強調する。フォード、シボレー、ジープなどが代表的で、アウトドアのイメージが先行する。 

 

 中国メーカーは、新興市場を中心に視覚的なインパクトを重視するデザインを採用する。成長中の中間層や新興富裕層を意識し、豪華で派手な外観が目立つ。BYD、NIO、Xpengなどが代表格で、LEDライトやメッキ装飾を駆使し、街中での視認性を高めている。 

 

 最後に日本メーカーは、伝統的に実用性と調和を重視してきた。近年はSUVや高級車でアグレッシブなデザインも取り入れ始めている。ただし各社のデザイン政策は一様ではない。トヨタはあえてデザインを統一せず、市場が求める視点を重視する。ホンダは「人間中心」の思想を一貫して守り、ユーザー体験(UX)を本質とする。「どう使うか」「どう感じるか」を重視する設計だ。マツダは「魂動デザイン」に基づき、ドライバーと車の関係をエモーショナルに描く。生命感を形にすることを追求している。 

 

都市景観のイメージ(画像:Pexels) 

 

 自動車は公道を走行するモビリティであるため、都市景観の一部として機能する側面を持つ。近年では、この観点から自動車デザインが再注目されている。 

 

 成金層向けには「目立つ」デザインが好まれる。しかし街の景観への影響を考えると、必ずしもマッチするとはいえない。こうしたデザインは、都市景観の均質性や文化的成熟に影響を与える可能性がある。特に夜間の強烈なLEDライトや極端なメッキ装飾は、景観調和よりも自己主張を優先する象徴と見なされることもある。 

 

 欧州の歴史的都市では、落ち着いた色調や洗練されたデザインの自動車が景観に溶け込みやすい印象がある。一方、日本や中国の大都市では派手な印象のSUVが街に馴染む場合もある。このように、デザインの受容性に一貫性を見出すことは難しい。 

 

 デザインの選択が都市文化や地域住民の美意識とどう連動するかは興味深い。こうした視点から自動車デザインを発想することも、新たなアプローチになる。 

 

 近年では、文化的価値よりも即時的な視覚効果や自己顕示を優先する傾向が強まっている。経済性を優先し、利益を拡大するには購入層ごとの差別化が不可避だ。しかし都市景観や環境負荷などの公共性の問題は置き去りにされ、後回しになりやすい。 

 

 多様な消費者ニーズに応えようとすると、設計・生産は複雑化し、コストは増大する。成熟した消費者が減少する中で、企業は「わかりやすさ」で差別化する誘惑に駆られる。文化的価値や公共性よりも、短期的な販売効果が優先される傾向が広がりつつある。 

 

 

EV(画像:Pexels) 

 

 デザインの多様性を維持しつつ、公共空間に配慮した調和の取れたデザイン規範が求められていることを、自動車デザインに携わるデザイナーは忘れてはならない。 

 

 ブランドにまつわるストーリーや文化的価値を発信し、消費者教育やブランド価値の再構築を通じて成熟層を拡大する努力も欠かせない。電動化や自動運転などの技術変化は、空力性能やセンサー配置に新たな制約と可能性をもたらし、その影響力は増している。 

 

 欧州では環境規制とデザイン革新の融合が困難を極める。米国では多様なニーズに応える工夫が求められる。日本企業は自社の強みを活かし、「文化的価値」と「視覚的魅力」の両立を目指すべきである。 

 

「ロボット顔」の流行は、ターゲット層のニーズを反映した必然的な現象と捉えられる。一面的な批判では、その背景や経済的意義を捉えられない。 

 

 しかし、文化的成熟の低下や都市景観の劣化を招くリスクを見過ごすことはできない。このままでは長期的にブランド価値が低下し、市場の均質化を招く恐れがある。 

 

 未来の自動車デザインは、多様な顧客ニーズを満たすと同時に、公共性や文化的価値を重視した調和の取れた方向性を模索する責務を負っている。 

 

 今後は経済合理性と文化的持続可能性のバランスを追求することが求められる。多様な購入層が満足し、公共空間への配慮を両立させる方向を探る必要性が増しており、早急な対応が迫られている。 

 

都市景観のイメージ(画像:Pexels) 

 

 今後の自動車デザインは、視覚的インパクトの追求に留まらず、都市環境や社会経済の構造との整合性を持たせる必要がある。現状では、都市景観や公共空間との摩擦が生じている。原因はデザイン規範の不整合や法規制の遅れにある。例えば、夜間のLED照明や大型グリルによる街路の光害や視認性低下は、事故リスクや住民満足度の低下として数値化できる。自治体レベルでは交通安全データや住民アンケートがあるにもかかわらず、多くの設計段階で軽視されているのが現実だ。 

 

 また、多層的な市場構造の変化に対応する設計・生産体制の複雑化は、コスト増加を招く。国内市場で大衆層向けコンパクトカーと成金層向け高級SUVを両立させるには、開発期間、部品調達、製造ラインの柔軟性が不可欠である。既存のサプライチェーンでは、調整が追いつかない事例も増えている。この問題は、販売戦略の短期成果優先による設計統一化圧力や、ブランド間の差別化戦略との衝突として現れる。 

 

 こうした課題に対する現実的な解決策は複数の軸で考えられる。まず、都市景観や住民への影響を設計段階で定量評価する枠組みの導入が有効だ。光害・騒音・視覚的圧迫感を数値化し、都市計画や交通安全データと連動させたデザイン基準を設定すれば、無駄な修正や後工程でのコスト増を抑制できる。 

 

 次に、生産・設計の柔軟性を高めるモジュール設計や共通プラットフォーム活用も効果的である。欧州では同一プラットフォーム上で多種多様な車種を展開し、コスト効率を維持しつつデザイン差別化を実現する事例がある。 

 

 さらに、日本メーカーにおける文化的価値と視覚的魅力の両立は、国内外の市場評価を高める潜在力を持つ。成熟した顧客層を育成するため、ブランドストーリーやデザイン哲学を具体的に発信し、教育的施策として位置づけることが可能だ。長期的には、こうした戦略が消費者の選択基準の高度化につながり、過度に即物的なデザイン競争から脱却できる可能性がある。総じて、未来の自動車デザインは 

 

・市場ごとのニーズの多様性 

・都市・公共空間との適合性 

・技術革新にともなう制約と可能性 

 

の三つを同時に考慮することが求められる。これらを具体的な数値やデータに基づき評価・調整する体制を構築すれば、短期的な販売効果だけでなく、ブランド価値の長期維持と社会的評価の向上も両立できる。都市景観や文化的成熟を重視した調和の取れた自動車デザインは、市場の多様性を守り、次世代の購買層を育む基盤にもなり得る。企業は早急にこれらの施策を設計・導入することが、持続可能な成長のカギとなるだろう。 

 

鳥谷定(自動車ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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