( 317388 ) 2025/08/19 06:08:26 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
年収1,000万円=高所得者というイメージを持つ人も多いでしょう。国税庁の「令和5年分 民間給与実態統計調査」(2024年)によると、2023年時点で給与所得者6,068万人のうち年収1,000万円超の割合は5.5%。確かにその印象は間違っていないといえます。しかし、たとえ年収1,000万円など収入が多くても貯金ができない人は多く見られます。今回はトータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、事例とともに高所得者が注意すべきポイントを解説します。
都内に住む幸田勝史さん(仮名・55歳)は、製造会社で部長を務める会社員。50代突入とともに今のポジションに昇進し、年収が1,000万円を超えました。
年収が800万円台になった40代後半から「そろそろ勝ち組の仲間入りかな?」と自覚していましたが、1,000万円に達すると一気にその気持ちが大きくなったといいます。
そんな勝史さんの妻(54歳)は専業主婦。愛娘(25歳)はすでに社会人ですが、かなり高額な教育費を使ったという過去がありました。
というのも、勝史さんの妻は音楽大学の出身。娘にも小さいころからピアノを教えていて、娘も中学生のころから音楽大学への進学を意識していました。
ピアノの購入やピアノのレッスン代などにかなりの費用がかかったうえ、音楽大学の学費は800万円と高額。これらは当時の勝史さんの給料やそれまでの貯蓄でなんとか賄っていました。
当然ながら収支は厳しく、娘が大学を卒業したころには貯金残高が100万円にまで減りました。しかし、大切な娘の教育費にお金を使うのは、ある程度仕方がないと考えていた勝史さん。この出費は一時的なもの。いくらでも挽回できると高をくくっていたのです。
その後、娘は楽器メーカーに就職し、教育費がかからなくなりました。いよいよ貯金のチャンスです。ですが、勝史さんは「収入が上がったから」と高級外車をローンで購入してしまいました。
その裏で、取引先との付き合いが多くなり、接待やゴルフなど交際費が増加。住宅ローンもまだたくさん残っている……。家計が危険な領域に入っていることに、勝史さんはまだ気づかずにいたのです。
「1,000万円稼げる人はそういない」……そう考えていた勝史さん。確かに間違ってはいません。ですが、1,000万円はあくまで額面で、手取額ではないことに注意が必要です。
実は、年収1,000万円の手取額は想像するほど多くありません。年収から引かれる社会保険料などが年収額に応じて増えていくからです。一般的に年収1,000万円の手取額は約728万円。月収に換算すると約61万円です。
勝史さんには毎月の住宅ローンの返済が12万円あり、さらに新車を購入したことから毎月13万円の返済が上乗せされることになりました。つまり約61万円の手取りから25万円が毎月引かれる計算。残りの約36万円のうち、約10万円は交際費に消えていきます。
妻も勝史さんの昇給を聞き、エステやネイル、美容院など、自分磨きにお金をかけるように。美容代として月4万円程度を使っていました。
残る生活費は22万円。これだけあれば多少の貯金はできそうなものです。ですが、年収1,000万円=普通よりもずっと収入の多い勝ち組。そんな意識があり、節約をすることなく、過剰な支出が常態化するようになっていました。
そんなときでした。同居していた娘が大学を卒業したころから付き合っていた男性と結婚することに。両家との顔合わせも済ませ、結婚式の日取りも決まりました。
式まではあと1年ほど時間があるものの、娘のために結婚費用を援助しようと妻に伝えた勝史さん。そこで、あまりの貯金の少なさに驚愕します。
なんと、通帳の残高は100万円程度しかなかったのです。娘が大学を卒業し、お金がかからなくなったはずなのに、あの頃からほとんど増えていない……。
普段、必要なお金は妻からもらい、大きな買い物はクレジットカードで済ませていた勝史さんは、初めてその現実を認識したのです。
通帳の残高を見た勝史さんは、娘の結婚費用どころか、自分たち夫婦の老後資金も危ういのではないかと恐怖に襲われました。
家計を把握していた妻に「こんなにお金がないなんて」と問いただすも、「結婚費用のことまで考えてなかった。お金を使ってきたのは私だけじゃなく、あなたも同じ。老後資金は退職金を使えば大丈夫じゃない?」との返答です。
勝史さんは、慌ててファイナンシャルプランナーの元に駆け込みました。
ファイナンシャルプランナーは、老後の収入のベースとなる年金について説明をしました。勝史さんは50代で年収1,000万円を超えましたが、厚生年金の計算の元になる生涯賃金は800万円程度。その金額で65歳から受け取れる老齢厚生年金額は年間約170万円、老齢基礎年金の約81万円を加えても約251万円。月額に換算すると約22万円です。
妻の老齢基礎年金を足したとしても、年金は約月27万円。それから引かれる税金や社会保険料を考えると実際に使える額は約23万円です。年金暮らしになれば、手取り月61万円の生活から一気に手取り月23万円の生活になるわけです。
それを聞いた勝史さんは、震えが止まりませんでした。収入が3分の1ほどに減るうえ、現在の貯金はわずか100万円。退職金は2,500万円ほど受け取れる予定ですが、住宅ローンの残債に充てればほとんど残りません。
高収入に浮かれた人生が一転、窮地に立たされてしまったのです。
勝史さんの失敗は、子どもにお金がかからなくなれば、自然に貯蓄できるだろう、年収1,000万円あれば遠慮なく使っても大丈夫だろうと勘違いしていたことです。
年収の増加に合わせて生活レベルを上げ、自由にお金を使い、貯蓄をほとんど意識しない生活を送っていました。それではいつまで経ってもお金が貯まるはずがありません。妻に家計管理を一任し、収支の共有を一切していなかったことも問題でした。
勝史さんは、ファイナンシャルプランナーの助言のもと、家計の見直しに取りかかりました。食費や交際費、妻の美容費など支出で削れる部分を見つけ、早速実行に移すことにしたのです。
その結果、毎月15万円程度の貯蓄ができることが判明した勝史さん。これから定年までの5年間で約1,000万円の貯蓄を目標にしています。外車も高く売れるうちに売却しようと考えています。
ファイナンシャルプランナーにはこうも言われました。勝史さんが年収1,000万円でも、妻は専業主婦で無収入。妻と夫2人で500万円ずつ稼ぐ家庭と世帯収入は変わらない。最初からそこまで余裕のある家計ではなかった、と。
娘は、結婚費用は自分たちで工面すると言ってくれたものの、申し訳なさでいっぱいだったと勝史さん。しかし、今は老後資金を貯めて、娘夫婦に迷惑が掛からないようにする方が先決です。
収入が多くなったときに、少しの贅沢をすることは問題ありません。しかし、家計をしっかり意識しながら行うことが大前提。また物価が上がり続ける今、「憧れの年収1,000万円」は、昔よりも実質的な価値が下がっています。勝史さんのように妻が専業主婦であれば、高収入世帯とは言い難いのが現実です。
だからこそ、収入に見合った生活設計と長期的な資産形成を心がけること。収入が上がっても支出の管理を続けることが、安定した豊かな暮らしへの近道と言えるでしょう。
新井智美 トータルマネーコンサルタント CFP®
新井 智美
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