( 317906 )  2025/08/21 06:15:04  
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日本ペンクラブは7月15日に、外国人に対するデマに基づく攻撃が社会を破壊すると警告する緊急声明を発表した。

声明は、入管法を巡る問題や選挙期間中の排外主義的な主張が拡大する中、危機感を持った中島京子常務理事の提案で出された。

会長の桐野夏生氏は、SNS時代の情報拡散リスクや表現の自由の重要性について語り、表現者の声が届きにくい若者へのアプローチを模索している。

最近のキャンセルカルチャーの影響やペンクラブの活動の意義についても言及し、会員の高齢化への対応を考える必要性を強調した。

作家としての今後のテーマとして、若い女性への徴兵制を考察していることも伝えた。

 

 

(要約)

( 317908 )  2025/08/21 06:15:04  
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7月15日緊急声明発出時の記者会見の様子。左から中島京子常務理事、桐野夏生会長、山田健太副会長(日本ペンクラブ提供) 

 

 作家や編集者、ジャーナリストらで構成される日本ペンクラブは7月15日、「選挙活動に名を借りたデマに満ちた外国人への攻撃は私たちの社会を壊します」との緊急声明を発出した。 

 

 日本ペンクラブはこれまでも、2017年には共謀罪強行採決に抗議する声明、2022年にはロシアのウクライナ侵攻に関する共同声明(日本文藝家協会、日本推理作家協会と連名)を出すなどしてきたが、今回、排外主義的言論に対する共同声明を発出するに至った経緯はどのようなものだったのか。 

 

 2021年に会長に就任し、現在3期目を務める小説家の桐野夏生氏にSNS全盛の時代におけるペンクラブ活動の意義や情報発信のリスク、今後の執筆活動などについて話を聞いた。 

 

1921年にロンドンで創設された国際的な作家の団体である国際ペン(PEN International)の要請を受け、作家の島崎藤村を初代会長に約100名の作家が集まり1935年に発足。「表現の自由に対するあらゆる形態の抑圧に反対する」といった国際ペン憲章の理念の下、活動を継続。作家のみならず詩人、劇作家、ジャーナリスト、編集者、研究者など正会員1166人、賛助会員41社(2025年3月末)が所属する。 

 

 ――日本ペンクラブは、これまでもさまざまな声明を発出してきたが、今回の共同声明は、表現の自由を守るという活動趣旨に必ずしも直結しないようにも思われる。声明を出した経緯を教えてほしい。 

 

 入管法をめぐる問題などについて執筆活動を行っている作家の中島京子さん(日本ペンクラブ常務理事)の発案により、声明を出すことになった。先の参院選(7月3日公示、20日投票)において、与野党を問わず一部の政党の主義主張の中に「違法外国人ゼロ」「日本人ファースト」「管理型外国人政策」など、排外主義的で外国人を犯罪者や社会の邪魔者扱いするようなものが見られ、それが拡散されていく状況に危機感を覚えたのが理由だ。 

 

 これまでもヘイトスピーチの問題などはあったが、政党が選挙運動に乗じて堂々とそのポリシーとしてヘイト的な主張を行うという、より深刻な状況になったのを看過できなかった。中島さんのみならず、理事の多くが同様の思いを抱いていたと思う。 

 

 一方で、排外主義と言っても、それも1つの意見・考えであると言われればそうかもしれず、難しい問題をはらんでいるとは思う。だが、戦争のない平和な世の中や、外国人を含む皆が平等に扱われるという前提があって、はじめて表現の自由が担保されることを思えば、今回の声明発出は日本ペンクラブの活動趣旨に合致する。 

 

 ――参院選の期間中に声明を出すことで、日本ペンクラブが政治活動を行っていると誤解されるとの危惧はなかったか。 

 

 今のタイミングで出すべきかという議論はあった。しかし、あまりにも目に余る状況だということでペンクラブとして声明を出した方がいいという結論になった。 

 

 こうした声明の発出は、時宜を得ていることが重要だが、まさにこのタイミングで出すことに意義があった。オンライン会議が浸透したことで声明文の起草から理事会での討議、その後の記者会見での声明発出まで、非常にスムーズに進めることができた。 

 

 

 ――記者会見で、排外主義が台頭する要因として「貧困」を挙げていたが、この点について説明してほしい。 

 

 人々の間に、抑圧されているという感覚が強くなっているように感じる。その不満のはけ口が女性や外国人といった弱い立場のところへ向かい、噴出する力学が働いているのではないか。 

 

 排外主義的な主張の根拠は、自分たちが苦しんでいるのに外国人が優遇されている、外国人が権利を乱用しているといったものであり、そのほとんどがきちんとファクトチェックを行えば誤りであることが分かる、フェイクやデマに類するものだ。それを検証している人たちもいるが、追い付かない状況の中でSNS特有の瞬発的、扇情的な情報拡散によって、皆が誤情報を信じてしまう。 

 

 ――声明を出しても、SNSを主な情報源としている若い世代にはその声が届いていないかもしれない。 

 

 そうかもしれない。われわれはまさに混迷と分断の時代を生きている。また、作家といっても昔のように世論を左右するほどの影響力があるわけではない。それでも言葉を使って仕事をしている人たちの総意で声を上げていくという営みは、守るべきものと信じている。 

 

 ――伝統的なペンの力が弱まっていると感じる。ペンクラブとしてのSNS社会への対応は? 

 

 伝統的なペンの力というのが作家としての文筆活動を指すならば、われわれは言葉を選び、練りながら文章を書き、その先に編集者の目があり、ようやく1つの作品をつくりあげ、世に送り出す。こうしたプロセスを通した言葉は瞬発的な言葉とは種類がまったく異なるし、重みがある。こうした言葉はスピードが遅く、その面でSNSに敵わないが、それでも声を上げ続けなければならない。表現の自由は、手をこまねいていればすぐにでも奪われてしまう危ういものだからだ。 

 

 とはいえ、SNS対策を何もしていないわけではない。若い人たちにもわれわれと一緒に活動してほしいという思いがあり、日本ペンクラブとしてSNSアカウントを持つほか、言論表現委員会、女性作家委員会など各委員会においても、SNSの情報発信に力を入れるようになってきている。 

 

 

――若い人たちに関わってほしいという話が出たが、会員の高齢化、会員数の減少が課題になっていると聞く。 

 

 現在、会員の平均年齢が非常に高くなっており、40代以下の会員は数えるほどしかいない。一方、ペンの国際大会に出席すると、30代くらいの若い人たちが活発に活動している。日本ペンクラブにおいても、今後は若手作家委員会のようなものをつくり、横のつながりが広がっていけばいいと思っている。若手の作家・論客を中心に、魅力的なテーマについて考えるシンポジウムをやっていくようなこともいいかもしれない。 

 

 日本ペンクラブというと、世間的に見れば「作家集団」「リベラルの人たちの集まり」といったイメージがあるのかもしれないが、今の時世においてはそれが必ずしもプラスに働いていないように思う。実際にはジャーナリスト、編集者、研究者など、さまざまな職業の人たちに所属していただいているし、もっとカジュアルな場と思っていただいていいと思う。やる気があって活動したい人がいれば、大歓迎だ。 

 

 一方、会員の減少に関しては、国全体の人口が減少するフェーズに入っていることに鑑みれば、縮小しつつも機能的な方向性を見いだすという考えに変えていかなければならないと思う。その意味でペンクラブの存在意義を、きちんと再定義しなければならない。 

 

――表現の自由との関係で、ほかに危惧していることはあるか。 

 

 キャンセルカルチャー(不適切な発言をした人・団体を糾弾し、社会的に排除する動き)の横行は非常に気になっている。もちろん、実際に社会的に非難されるべき事例もあるとは思うが、ネット社会の弊害として、問題が過大に扱われるケースが増えている。 

 

 表現者としては、もちろん発言に気を付けるべきではあるが、キャンセルカルチャーを気にするあまり、それが「言葉狩り」のように作用する結果、表現が骨抜きになり、結局のところ何を言いたいのかが分からなくなる。 

 

 とくに電子出版などネット上の表現になった瞬間に、文脈を無視してありとあらゆる切り取りが行われる。この5~6年でそういった風潮がとても大きくなったように感じている。表現の自由の観点からすれば非常に由々しき問題であり、何をやっても炎上する可能性があるという覚悟は、皆が持っていると思う。 

 

 今回の緊急声明発出も、ある意味、炎上覚悟だった。私1人が集中砲火を浴びないようにと、ある理事の配慮で「会長 桐野夏生」の下に「理事会一同」という文言が加えられた。昨今の風潮を踏まえてのことであり、これまでにはなかったことだ。 

 

 

――ご自身の創作活動について。7月に、シリーズものの完結編として『ダークネス』(新潮社)を上梓された。今後、扱いたいテーマとしてどのようなものがあるか。 

 

 今、準備しているテーマとして若い女性への徴兵制が敷かれたらどうなるかというのがある。SF的に感じるかもしれないが、韓国ではミソジニー(女性嫌悪)の風潮が進んでいて、その延長で女性にも徴兵制を導入すべきとの声がたびたび出ている。 

 

 また、男女平等が進んでいるノルウェーでは、男女ともに徴兵制が敷かれている(ただし「選択的徴兵制」であり、個人の入隊意志が尊重される)。ちなみにノルウェーでは兵舎も男女同室だ。男女平等が当たり前の社会では、それすらも気にならないのだろう。 

 

 こうして見ると女性の徴兵制というのも意外とリアルな話なのだ。若い人たちの貧困・失業対策として兵役が持ち出されるといったことも、あり得ないことではなく、危うい問題だと捉えている。 

 

 情報発信の炎上リスクはいわゆる表現者のみならず、一般企業においても同様に大きな問題になっている。テレビCMやSNS発信に対する予期せぬ炎上に対し、企業が謝罪に追い込まれるケースが相次ぐ中、いくら顧客第一とはいえ、感情的なSNSの反応に企業は無条件に屈するべきなのか。近年社会問題化している「カスハラ」にも通じる問題であり、毅然とした態度を取るべきケースもあるように思う。いずれにせよ、社会全体の成熟が求められる。 

 

筆者プロフィール:森川 天喜(もりかわ あき) 

 

旅行・鉄道作家、ジャーナリスト。日本ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『かながわ鉄道廃線紀行』(2024年10月 神奈川新聞社刊)などがある。同書は日本旅行作家協会より第7回「旅の良書」に選出。2025年6月より神奈川新聞日曜版にて「かながわ鉄道英雄伝」連載開始。 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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