( 318406 )  2025/08/23 05:32:36  
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減税に関する議論が絶えない中、東京大学の井堀利宏教授は、将来的な世代のために今のうちに増税する方が良いと提案しています。

消費税の逆進性や、その影響について佐藤翔太編集者との対話を通じて解説。

消費税が低所得者に不公平であることや、逆進性を緩和する手段として累進的な消費税や低所得者への給付金の提案も述べています。

さらに、消費税は不況期でも安定した財源を提供する一方で、消費を抑える恐れがあることに言及。

将来の経済環境の見通しによって、減税か増税の選択が変わるため、今のうちに増税して世代間の公平を図ることが重要としています。

(要約)

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(c) Adobe Stock 

 

 政治の場でも度々議論の的になる「減税」。先の参院選では、減税を公約に掲げる野党の躍進が目立ったものの、東京大学名誉教授の井堀利宏氏は、「今の余力があるうちに増税したほうがいい」と指摘する。そもそもの消費税の考え方や増税・減税の効果について、井堀氏が丁寧に解説する。全3回中の第3回。 

 

※本稿は井堀利宏著「知らなかったでは済まされない経済の話」(高橋書店)から抜粋、再構成したものです。 

 

登場人物:井堀教授(70代の経済学者。東京大学の名誉教授) 

 

     佐藤翔太(28歳。編集者) 

 

佐藤:消費税っていつも不人気ですよね。やっぱり逆進性が強いって指摘が大きいんですか? 

 

井堀:うん、一律10%の税率でモノやサービスの消費にかかるから、所得が低い人ほど負担感が大きい。子どもが小遣いで買い物しても、貧しい高齢者が食品を買っても課税されるわけだから、不公平だと感じる。 

 

佐藤:そうか……。さらに消費を減らして景気を冷やすって聞きます。 

 

井堀:購買意欲にブレーキをかけるから、需要を抑えて景気に悪影響を及ぼす可能性がある、って議論だね。 

 

佐藤:逆進性をなくすには、どうしたらいいんでしょう? 

 

井堀:代替案として、累進的な消費税がある。たとえば1年間の消費金額を別途算出して、それに累進的に課税する案。これなら逆進的でなく累進的な課税だから、より公平になる。 

 

佐藤:累進的な消費税ですが、実際にそんな仕組みって作れるんですか? 

 

井堀:まず、現行の所得税は稼ぎを基準に税率を決めているけど、本当の経済力を示すのは「どれだけ消費するか」じゃないかって考え方がある。所得が多くても貯金ばかりで質素な暮らしをする人と、資産があってバンバンお金を使う人とでは、どっちが裕福かって言われたら後者に見えるだろう? 

 

佐藤:たしかに。だから消費額に対して累進的に税をかければ、たくさん消費する人ほど税率が高くなるってわけですね。 

 

井堀:その通り。多くの経済学者が支持していて、現行の消費税みたいな間接税じゃなく、所得税のような直接税としての消費課税をイメージしている。具体的には、所得=消費+貯蓄という式を使って、今年の所得から貯蓄額を引いた金額=今年の消費額として計算し、そこに累進課税をかける案だね。 

 

佐藤:なるほど。問題はどうやって一年間の消費額を正確に把握するかってところですかね。まだ現金取引も多いし、補足するのが難しそう。 

 

井堀:そこが最大の難点だね。でも、将来的にデジタル決済が普及して、キャッシュレス社会が進めばかなり前進する。将来の有力な案だよ。 

 

 

佐藤:消費税って一律10%だけど、食料品は8%の軽減税率が導入されているのは、やっぱり低所得者を助けるために有効なんですか? 

 

井堀:軽減税率は生活必需品の税率を下げることで逆進性を緩和するって考えだね。ヨーロッパなんかだと標準税率が20%を超えている国もあるから、食料品には0%や5%といった軽減税率を適用しているところも多いね。 

 

佐藤:なるほど。だったら、いっそ食料品を0%にすれば最高じゃないですか? 

 

井堀:一概には言えない。食料品は富裕層もたくさん買うし、軽減税率を下げれば下げるほど富裕層も大きな恩恵を受ける。だから本当に低所得者だけを助ける策なのかと問われると、十分なターゲットになっていない可能性がある。 

 

佐藤:消費税の逆進性を軽減するには、軽減税率のほかにどんな手段があるんでしょうか。 

 

井堀:もう1つの方法として低所得者だけに給付金を出すという案がある。これなら富裕層にも恩恵が行き渡る軽減税率より、はるかに公平性が高い。 

 

佐藤:なるほど……。でも、誰が困っている人なのか特定するのって大変じゃないですか? 

 

井堀:問題だね。日本では住民税非課税世帯を給付対象にしているけど、それが本当に困窮している人たちかは疑問もある。所得がなくても資産をたくさん持っている人は、住民税非課税でも裕福な暮らしが可能だからね。実際、非課税世帯の4分の3以上が65歳以上の高齢者で、公的年金では給与所得と比較して課税所得を算出する際の控除額が優遇されている。 

 

佐藤:じゃあ、住民税非課税=本当に困っているとは限らないわけですね。金融資産があるとか、いろんなケースがありますもんね……。 

 

井堀:そう。だから厳密にやろうとすると、個人の金融資産まで把握する必要がある。でも日本じゃ納税者番号制度が不十分で、資産情報を税務当局がちゃんと掴むのは難しい。だからきめ細かい給付金制度が作りづらい現状があるんだよ。 

 

 

佐藤:いろいろ聞きましたが、結局、消費税ってどう考えればいいんですか?不人気だけど安定財源ですし……。 

 

井堀:うん、まず消費税のメリットは課税対象が広いから、低い税率でも大きな税収を確保できること。しかも消費は景気変動の影響を受けにくいから、不況期でも税収が安定しやすい。財務大臣にとっては非常に魅力的な安定財源だよ。社会保障みたいに恒久的にお金がかかる財源には向いているね。 

 

佐藤:でも、消費を冷やすからダメだって意見が根強いですよね。逆に消費税を下げれば消費が増える、みたいな……。 

 

井堀:実はどんな増税でも家計の可処分所得を減らすから、結果的には消費を抑える要因になる。所得税だろうが住民税だろうが、本質は同じ。消費税だけが特別に消費を冷やすわけじゃない。消費税がほかの税よりも特別に景気を冷やす効果が大きいとは言えない。 

 

佐藤:じゃあ景気対策として消費税減税って言う声には、実際効果あるんでしょうか? 

 

井堀:景気対策としては増税よりも減税が効果的なのは当然。でも、減税したからといって必ずしも消費が刺激されるとは限らない。恒久的に減税されるかどうかが大事なんだ。もし将来的にいずれ増税で帳尻を合わせるだろうと国民が考えていたら、今の減税で手取りが増えても消費は伸びない。 

 

佐藤:しかも消費税を下げれば財政赤字はさらに拡大する。いずれ大きな増税が必要になるとみんなが思えば、結局は消費には回さない可能性がある……。 

 

井堀:そういうこと。だから消費税を廃止すれば万事解決みたいな意見にはリスクが大きい。 

 

井堀利宏著「知らなかったでは済まされない経済の話」(高橋書店) 

 

佐藤:今は不況だから減税で景気を刺激するのがいいって意見と将来世代のために今増税して財源を用意しておくべきって意見、結局どっちがいいんですか? 

 

井堀:それは将来の経済状況が今より良くなるのか、それとも悪化するのかの見通しに左右されるんだ。減税派は「今は不況だから家計にお金を回して、将来景気が良くなったときに税収も増えればOK」って考え方。一方で、「将来のほうがもっと厳しくなるんじゃないか」と思う人は、今減税しすぎると将来世代が苦しくなるから、むしろ今のうちに増税して財源を確保しようってなる。 

 

佐藤:少子高齢化が進んで、これから若い世代の賃金はなかなか伸びず、高齢者を社会保障で支えるために、保険料は引き上げが予想される。そのシナリオを考えると、今じゃなくて将来減税したほうがいいってことですか? 

 

井堀:うん。今の比較的余力があるうちに増税して、高齢化がさらに進む将来の世代を支援するための財源を作っておこうって発想だ。消費税を上げて高齢者にも一定の負担を求めて、若い世代や将来世代の負担を軽減するわけだね。要するに世代間公平の観点だよ。消費税を今から増税すれば、こうしたシナリオと整合的だね。 

 

井堀利宏 

 

 

 
 

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