( 319941 )  2025/08/29 04:19:08  
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ラグビー選手の姫野和樹さんは、経済的に厳しい家庭環境で育ちましたが、ラグビーを通じて夢を持ち続け、日本代表まで昇り詰めました。

彼は貧困に苦しむ子どもたちに勇気を与え、生きる力を見出してもらいたいと考えています。

ラグビーによって育まれた礼節や人間性、支えてくれた指導者や地域社会の存在が大きな助けとなりました。

姫野さんは、過去の経験を通じて、経済的な困難を抱える子どもたちにも夢を持つことの大切さを伝えています。

 

(要約)

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読売新聞社 

 

 ラグビー選手の姫野和樹さん(31)は、給食費や部活の合宿費が払えないなど経済的に苦しい家庭環境で育ち、「普通の家庭」に憧れ続けてきました。一度、自ら命を絶とうとしたこともありました。それでも、「この生活から抜け出そう」とラグビーの練習に励み続け、日本代表にまで上り詰めました。厳しい状況でも非行に走らなかったのは、礼節を教えてくれた競技や指導者のおかげ。居場所となった駄菓子屋のおばちゃんにも支えられたと言います。当時、帰りたくなくて家の外階段から見ていた月は、心を落ち着けて初心に戻るため、今でも眺めます。貧困に苦しむ子どもたちに、「つらくても夢を持って」とエールを送ります。 

 

読売新聞社 

 

 名古屋市の古い木造アパートの6畳2間に両親と姉、妹の家族5人で暮らしていました。ゴキブリやネズミがよく出てくるような家でした。小学校では給食費が払えずに何か月も滞納し、学校から繰り返し督促されました。子どもながらに貧乏な家庭なんだと感じていました。 

 

 両親とも働いていましたが、稼いだお金がパチンコに消えてしまうこともあり、お金のことでよくけんかをしていました。家に帰りたくなくて、アパートの外階段や公園で、深夜まで月を眺めることも多かった。僕にとって家は寝に帰るだけの場所。大きな一軒家やきれいなマンションに住んでいる友達に知られないよう、わざと遠回りして家に帰ったこともありました。「なんで普通の家じゃないんだろう」。いつもそう思っていました。 

 

 野球はグラブやバットが必要で、サッカーも月謝がかかる。だから小学校の時はどちらも体験期間でやめました。はやりのゲームやおもちゃは買ってもらえないので、毎日のように神社の境内や公園で、友達と駆け回って遊んでいました。 

 

 ラグビーと出会ったのは中学校の時です。 

 

 最初はサッカー部に入ろうと思っていましたが、入学当時1メートル70あった身長にラグビー部の顧問が注目してくれ、軽い気持ちで練習に参加しました。サッカーでは相手に接触すると反則になりますが、ラグビーでは相手を突き飛ばしたら褒められる。すぐにのめり込みました。入部してすぐは上級生に勝てないこともありましたが、負けん気で食らいつきました。放課後、誰よりも早くグラウンドに出て、ボールが見えなくなるまで居残り練習を続けました。体も大きくなって、誰も僕を止められず、練習では「チームメートをけがさせてしまうから」と“本気禁止令”が出ました。納得ができず、顧問の先生に「なんで俺だけ本気でやったらアカンねん。クソボケが!」と悪態をついたこともあります。 

 

 

読売新聞社 

 

 ラグビーの県選抜チームからも声がかかるようになりました。でも、選抜チームに入ると遠征があり、1回3万円以上かかります。うちの家計では払えない。だから、親には言い出せませんでした。遠征メンバーを選ぶ「セレクション」には参加したけれど選ばれないようにしました。本来のポジションは、体を張って攻撃の起点をつくる「フォワード」ですが、足の速さや正確なパスが求められる「バックス」として参加したのです。狙い通りに落選しました。「貧乏なことを誰にも知られたくない。恥ずかしい」という気持ちが大きかったですね。 

 

 一度だけ、「もう死んで楽になろう」と考えたことがあります。小学校高学年か中学生の頃、給食費だったと思うのですが、滞納分を支払うための大事なお金を、僕がなくしてしまったんです。薄給の親が工面してくれたお金をなくして、自分ではどうすることもできなくて、死のうと思いました。思い詰めて台所の包丁を手にしたことを、今もはっきり覚えています。 

 

 その時、友達の顔が思い浮かびました。肉まんやアイスをはんぶんこして食べたことや、公園でくだらない話をした時間。お金はなかったけれど、楽しかった思い出がよみがえり、踏みとどまれたのだと思います。貧しいからこそ、友達の温かさやありがたさを感じることができ、それが生きる力になりました。 

 

読売新聞社 

 

 こうした家庭環境を考えれば非行に走りそうですが、僕はラグビーに救われました。 

 

 シューズには親指の部分に穴が開いていて、ジャージーもぼろぼろでしたが、ラグビーはボールと体があればプレーできる。練習に打ち込んでいると家のことも忘れられました。 

 

 ラグビーは、試合終了の合図とともに敵も味方も関係なく健闘をたたえ合うノーサイドの精神や礼節を大事にします。そのことが人間性を育ててくれたと感じています。 

 

 ラグビー部の顧問や周囲の大人たちにも支えられました。 

 

 高校進学を前に、ラグビーが強い私立高校から誘いがありました。でも、公立よりずっと学費が高く、我が家には到底払えない。学費が減免になる推薦で合格するしかないと、苦手だった勉強に取り組みました。ラグビー部の顧問をはじめ先生方が、「授業中に寝たらダメだ」「小テストは頑張ろう」と根気強く励ましてくれ、何とか推薦で合格することができました。 

 

 高校では、赤点を連発する僕を見かねた顧問の先生が自宅で、夜遅くまで個別指導をしてくれました。夏の合宿費を払えない時には、ポケットマネーから立て替えてくれたこともありました。僕が、苦しいながらも現実から逃げずに済んだのは、指導者に恵まれたからです。 

 

 小学生の頃には、近所の駄菓子屋のおばちゃんにも支えられました。店のおばちゃんと対戦して、ベーゴマで勝ったら10円券、けん玉で技が成功したら20円券がもらえ、毎日100円ぐらい稼いでいました。僕の家庭が貧しいことを知っていて、おばちゃんも気をつかってくれたのかなと思います。今でも立ち寄ることがあり、万が一、つぶれることになるなら支援しますよ。あそこは地元の子どもにとってなくてはならない「居場所」ですから。 

 

 

読売新聞社 

 

 高校卒業後は、ラグビーの強豪・帝京大学に進学しました。学費が免除され、奨学金を受けていましたが、合宿費が出せずに監督に借りたこともあります。「この生活から抜け出してやる」。そう思って練習に励んでいました。 

 

 大学卒業後の2017年から、現在のトヨタのチームに所属しています。自分で稼げるようになってから、ようやく貧しい暮らしを抜け出せたと思えるようになりました。 

 

 ただ、安定した収入と、安定した生活と安定した環境が得られた今でも、「100円の重み」を忘れたくなくて、家計簿をつけています。例えば、駐車場料金の100円、200円でも記録していて、子どもの頃に感じていたお金のありがたみを忘れないようにしたいと思っています。 

 

 数年前、当時のチームメートだった先輩と一緒にお酒をくみ交わしている時に、家族のことを聞かれました。育った環境や過去を自分から話をしたことはありませんでしたが、つらい思いをしたことを泣きながら話しました。先輩には「日本代表で活躍するお前は、似た境遇の子に勇気を与えられる人間。その責任があると思う」と言われました。 

 

 僕のように貧困に苦しむ子は多いし、日本は自殺する子どもが他国に比べてたくさんいる。そういう子たちを元気づけたいと思い、コンプレックスだった家庭環境について話し始めました。 

 

 経済的に苦しい子も、夢を持ってほしい。反骨心や志を持っていれば、必ず道は開けます。そのためには、何かよりどころを作るといい。 

 

 僕はラグビーに助けられました。中学校のラグビー部顧問の先生から言われた「心を鍛えて、常に一流であれ」という言葉を今も胸に刻んでいます。自分が夢中になれることや楽しいと思えることを一つでも見つけてほしいと思います。 

 

 子どもの頃に毎日のように見ていた月も、よりどころの一つです。自分が変化しても、ずっと変わらずいてくれるお月様を見ると、心が落ち着き、初心に帰ることもできます。今でもよく月を眺めています。 

 

 ラグビー選手になって、回らないおすしやでっかいステーキを食べられるようになりました。でも、子どもの頃、友達が半分くれた肉まんやアイスよりおいしいものは、今でも食べたことがありません。友達からもらった、この優しさの塊は、大人では味わえない味です。 

 

 今は苦しいかもしれないけど、そんな感性を大事にして生きてほしいと思います。大丈夫。生きてりゃ何とかなるから。(読売新聞・宇田和幸) 

 

 

 ◇ひめの・かずき 名古屋市出身。私立春日丘高校(現・中部大春日丘高)から帝京大学を経て、トップリーグ(現・リーグワン)のトヨタに加入。1年目から主将を任される。日本代表のデビュー戦だった2017年の豪州戦でトライをマーク。日本代表として19年、23年のラグビーワールドカップでも活躍した。著書に自らの過去やリーダー論を書いた「姫野ノート『弱さ』と闘う53の言葉」。 

 

※この記事は読売新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です 

 

 

 
 

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