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国際イベントは各国が文化や技術を発信する機会だが、すべての国が「国家」として参加できるわけではない。

特に台湾は「名を名乗れない」制約に苦しんでおり、大阪・関西万博においても「台湾館」としての参加が認められず、「TECH WORLD館」として民間名義での出展を余儀なくされた。

これは中国の外交的圧力によるもので、台湾は国際的には国家として扱われない。

万博での展示は台湾の文化や技術を広める機会でもあるが、名前を隠さざるを得ない現実に屈辱を感じる台湾の人々の思いがある。

展示の成功にもかかわらず、名称の制約が残る中で、台湾は自らの存在感を示し続けている。

(要約)

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(c) Adobe Stock 

 

 国際イベントの舞台は、各国が自らの文化や技術を世界へ発信する格好の機会となる。しかしその場に、必ずしもすべての地域が「国家」として参加できるわけではない。台湾はその最たる例である。世界保健機関(WHO)に加盟できず、オリンピックでも「チャイニーズ・タイペイ」の名でしか出場できないように、台湾は長年「名を名乗れない」制約と向き合ってきた。こうした国際政治の力学は、博覧会にも例外なく及ぶ。2025年に開幕した大阪・関西万博でも、台湾は「台湾館」としての参加を許されず、民間名義のパビリオンとして出展することになった。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、その背景に潜む矛盾と意味を読み解くーー。 

 

 2025年4月に開幕した大阪・関西万博には、世界各国から華やかなパビリオンが並んでいる。日本の中央にそびえる巨大なグランドリングの内側には、日本館をはじめ、米国や中国といった大国の国家パビリオンが存在感を示す。その一方で、台湾は自らの名を掲げることが許されなかった。台湾の人々にとって、万博は文化と技術を世界に示す祭典であると同時に、国際社会での存在を実感できる機会でもある。それが「台湾」という名称を奪われ、リングの外に置かれる現実に直面することになった。 

 

 台湾のパビリオンは「TECH WORLD館」と呼ばれている。TW館とも略されているが、これは「TAIWAN」を意識したものであろう。しかし、表向きは「玉山デジタルテック株式会社」という日本で登記された企業が主催する民間パビリオンだ。実態は台湾経済部の外郭団体である台湾貿易センター(TAITRA)が出資した法人であり、展示の中心には台湾の半導体技術、自然、食文化が並ぶ。館のデザインは台湾最高峰の玉山を象徴し、来場者は魯肉飯やタピオカミルクティーを味わい、スマートブレスレットで体験するAI展示を楽しむ。表現の端々に「台湾」を感じられる工夫が凝らされている。しかし、公式パンフレットにも、会場案内板にも「台湾」の二文字は存在しない。 

 

 なぜ台湾は自らの名を掲げられないのか。背景にあるのは、中国の外交的圧力である。 

 

 

 中国は台湾を自国の一部とみなし、国際舞台で「国家」として扱われることを徹底的に拒む。その立場は博覧会国際事務局(BIE)の運営にも影響を及ぼし、非加盟である台湾は国家パビリオンの枠を得られない。 

 

 2010年の上海万博では「台湾館」という形で参加できたが、それは中国国民党政権が中国大陸との関係改善を図っていた特殊な状況下での例外だった。今回は民進党政権の対中強硬姿勢が背景にあり、中国は万博での台湾の存在感を抑え込む方向に動いた。 

 

 会場の地図を広げると、台湾のパビリオンがどの位置にあるのかが一目でわかる。TECH WORLD館は夢洲の西ゲートゾーンに配置されている。西ゲートは主要な入口の1つであり、夢洲駅から入場した来場者が最初に目にするエリアの1つだという説明が用意されているようだ。 

 

 だが会場の象徴である直径2キロの巨大リングの内側には入れてもらえていない。リング内には日本館やシグネチャーパビリオン、主要国の国家館が集まり、会場の中心として人々が流れ込む。そこに比べれば、リング外の配置はどうしても「日本が台湾を国家として扱っていない」という印象を与える。中央に位置する国家館との距離感が心に刺さる。日台友好を信じて来場した台湾人観光客が、自分の国が名前を奪われ、場所でも外側に置かれた光景を前にして感じる屈辱は小さくない。 

 

 パビリオンの内部には560枚の可動スクリーンが並び、台湾の山や海、街並みが映し出される。AI解析を組み込んだ体験展示は未来社会を思わせ、魯肉飯やタピオカを提供するカフェには長い行列ができる。展示を見た日本人や欧米の観光客からは「台湾に行ってみたい」という声が多く聞かれ、台湾文化の魅力が強く伝わっている。それだけに、名称を隠さざるを得ない現実は痛ましい。展示がどれほど評価されても、公式には「台湾館」ではなく「TECH WORLD館」と呼ばれる。 

 

 今回の事態は突然降って湧いたわけではない。台湾と万博の関わりを振り返れば、1970年の大阪万博には「中華民国館」として正式に参加していた。 

 

 

 だが1971年の国連代表権交代以降、台湾は国際社会から次第に排除され、万博の場でも公式な参加ができなくなった。 

 

 2005年の愛知万博ではレストラン出展にとどまり、2010年の上海万博では「台湾館」と名乗れたが、それは馬英九政権が中国大陸との関係改善を優先した時代の産物だった。2015年のミラノ万博や2021年のドバイ万博でも、台湾は民間団体の名義で参加し続けてきた。名称が使えるか否かは、その時々の台中関係に左右されるというか、中国のご機嫌、匙加減というところだろう。 

 

 “中国様”の威光を崇め、そして、関連予算13兆円もの税金を投入して、万博を開催する意味も筆者にはよくわからないが、とにもかくにも、味気のない現実が突きつけられている。 

 

 大阪・関西万博は、頼清徳政権が中国との対立姿勢を鮮明にしている中で開催されることになった。 

 

 中国は台湾の存在感が国際舞台で大きくなることを強く警戒し、民間名義を条件とすることで影響を封じ込めた。日本政府も中国との摩擦を避ける姿勢を示し、台湾側に「民間による出展であることを明確にせよ」と圧力をかけた(※1)。結果として台湾は「台湾」の名を掲げられないまま、リング外に位置することになった。台湾社会には常に「名を取るか実を取るか」という問いがつきまとう。中国との妥協を受け入れて国際舞台に立つのか、主体性を貫いて孤立を深めるのか。今回の大阪万博は、その矛盾が最も鮮明に表れた場となった。  

 

 会場を歩く来場者の目には、TECH WORLD館は一民間パビリオンに映るかもしれない。しかし台湾の人々にとっては、自国の文化と技術を世界に届ける大切な舞台だ。名称には制約があるとしても、展示を誇らしく眺める来場者のまなざしには確かな自信が宿る。万博協会は配置に政治的意図はないと説明するが、国際環境の影響を考えれば多くの人が複雑な思いを抱くのも当然だ。 

 

 TECH WORLD館の展示では半導体を中心とする台湾の先端技術が紹介され、魯肉飯やタピオカといった台湾の食文化も来場者を魅了している。文化や技術を通じて台湾の存在を実感してもらうことが目的であり、その試みは十分に成功している。訪れた人々の多くの人がSNSで「台湾に行ってみたい」と口にするのは、その成果を裏付けている。 

 

 

 1970年の大阪万博では「中華民国館」が中央に輝いた。それから半世紀を経て、形式は変わっても台湾の精神は再び大阪に戻ってきた。会場の場所や名称に制約があっても、展示の輝きは決して失われていない。台湾は未来に向けた力を示し、世界の来場者に温かい印象を残している。 

 

 台湾館と呼べないTECH WORLD館は、制約の中でも知恵と努力で築かれた誇りの空間だ。万博は未来を描く舞台であり、台湾はその舞台で確かな存在感を示している。名前がどう表記されようと、台湾の魅力と価値は誰の目にも明らかだ。だからこそ私たちは台湾を応援したい。未来に向かって歩む台湾の姿を、多くの人が共に支えていくことが求められている。 

 

※1 産経新聞(2025/3/16) 

台湾の万博出展は「民間会社」、外務省が明確化要求 発表文の記述を問題視か https://www.sankei.com/article/20250316-7PMGVYMMIZNCRFKMO6RWO6HHP4/ 

 

小倉健一 

 

 

 
 

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