( 322136 ) 2025/09/06 05:33:08 1 00 大手企業の春季労使交渉で積極的な賃上げが進み、「年収1000万円」以上を得る人が増加している。 |
( 322138 ) 2025/09/06 05:33:08 0 00 大手企業では春季労使交渉での積極的な賃上げが続く(写真=共同通信)
賃上げする企業が増えたことで、「年収1000万円」を得る人が増え始めた。三菱重工業が公表した有価証券報告書によると、2025年3月期の従業員の平均年収が1017万円となり、前年比で52万円増え1000万円の大台を突破した。22年3月期比では150万円超増えており、ここ数年の増加が顕著だ。三菱重工は「ベースアップや一時金の上昇が理由」とする。
●「11人に1人」から「7人に1人」の割合に
好調な業績が続いたトヨタ自動車も同様の動きを見せる。25年3月期の平均年収は982万円(前年比で82万円増)で、初の大台目前となった。トヨタによると、再雇用の社員や期間従業員も含んだ数字といい「労働組合との協議を経て、従業員の頑張りや自社の競争力、業績や外部環境を総合的に勘案した」とした。IT(情報技術)業界でも、メルカリで24年6月期の平均年収が1166万円となった。平均年齢も上昇しているが、5年前と比べれば454万円の大幅増で1000万円を大幅に上回る。
賃上げは、新型コロナ禍以降に急速に進んできた。特に24年春には、厚生労働省が集計した大企業の賃上げ率(資本金10億円以上、従業員1000人以上の労働組合のある企業348社)が5.33%となり、1991年以来33年ぶりに5%の大台を超えた。25年春も同水準が続いた。こうした賃上げを背景に「平均年収1000万円」の水準を実現する大企業が着実に増えているもようだ。
働く人の数をベースで見ても、大企業では「年収1000万円超」の人が増えている。国税庁の民間給与実態統計調査では、23年での資本金10億円以上の大企業で、1000万円超の給与を得た人は123万人となり、13年比で7割増えた。割合で見れば11人に1人から、7人に1人になっている。大幅な賃上げが続いた24年以降は、さらに「年収1000万円超」の人は増えていると見られる。
ただ年収1000万円の持つ「特別感」は失われつつあり、必ずしも喜べない水準になったとの声が出る。『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(新潮社)の著者でファイナンシャルプランナーの加藤梨里氏は「今の年収1000万円の生活水準は、2000年ごろの水準で言えばおよそ800万円と同じくらいではないか」と指摘する。その背景として支出の変化や物価上昇、税金や社会保障費の負担増など、複数の要因を挙げる。
支出の変化では、携帯電話などの通信費の上昇に加え、共働きが増えたことで時短家電やサービスの支出が増えていること、子供がいる家庭では保育園のほか学童や習い事などの支出が不可欠になっていることを指摘する。また年収に与える消費者物価の上昇の影響についても「この5年間くらいで、感覚的には10%は目減りしている」と加藤氏は分析する。
また社会保険料の負担増も年収1000万円の「特別感」の低下に追い打ちをかける。加藤氏は税金や社会保険料の負担率について2000年に19.1%だったが、23年には25.9%に増えているとし、負担感が強まっている現状を指摘する。
さらに27年以降には厚生年金保険料を算定する際に用いられる「標準報酬月額」の上限額が段階的に引き上げられる。年収1000万円の層では年間で約10万円の支出が増える計算で、負担感の増加に拍車をかけることになる(将来支給される年金の増加効果もある)。
加藤氏はそうした中でも特に首都圏では住宅価格の高騰が顕著で、余裕が持てる年収の水準感は引き上がっていると話す。「子供のいる家庭の場合、2000年ごろに年収1000万円くらいの『勝ち組』と言われたような余裕のある生活水準を実現するには、世帯年収ベースで1500万~1800万円は必要だろう」との見方を示す。
加藤氏は家計に求められる年収水準が高まっている中で、企業では「年収の一層の引き上げを進めるとともに、共働きがしやすい労働環境の整備や、住宅費や教育費の補助を増やすといった施策が改めて重要になる」と指摘する。
「年収1000万円」は、人材確保の観点ではどう捉えられるようになったのか。発電大手のJパワーは24年3月期から、従来は管理職を除いて算出し公表していた平均年収を管理職も含めた形に変更し、平均年収がそれまでの約800万円から一気に1045万円となった。25年3月期も1117万円となっている。
公表する平均年収の算定基準を変えた理由について、同社は1000万円を「特別に意識したわけではない」としつつ「積極的な情報の発信により、採用力の強化を含めた良い効果を期待した」とする。国内外で事業展開する業態は、エネルギー業界だけでなく商社などとも人材獲得で競合する。同社は物価高や利益の還元に加え、高いクオリティーの人材に見合った処遇が必要になっているという。
パーソルキャリア(東京・港)が運営する転職サービス「doda(デューダ)」の副編集長で、転職支援統括部・ハイキャリア支援統括部のエグゼクティブマネジャーを務める高橋直樹氏は「年収1000万円水準以上のハイクラス人材でも、キャリアの多様化の中で自身のことを特別『勝ち組』とは思っていない人が増えている印象だ」と指摘する。
同社の調査では、転職によって年収が増加した割合は20年度の48.7%から24年度は59.3%に上昇した。転職が決まった際の年収の平均も6年間で40万円ほど上昇。転職希望者側では物価高を背景に、転職によって年収を増やしたいという要望が増しているという。
企業の中では、特にハイクラス人材では1000万円レベルでも応募者を引き付けられないケースも出ている。一時金や手当を別途用意し、さらに提示する年収を引き上げる動きが、従来多かった外資系企業だけでなく国内企業からも出ているという。
大企業やハイクラス人材では、名目上の年収水準の引き上げが着実に進み始めている実態が浮かんできた。ただ世界と比較すれば、日本の賃金は依然として低迷が続く。
24年の経済協力開発機構(OECD)のデータでは、購買力平価を考慮したドルベースの日本の実質賃金は約5万ドル(約730万円)程度で横ばいが続く。米国の8万3000ドル(約1220万円)と比較して大きく水をあけられ、韓国よりも僅差で低い状況が続く。
「1000万円」といった名目の水準に満足せず通過点とし、物価に先行して賃上げを進めていけるのか。日本の企業や社会が持つ年収観を改められるかは、日本の賃金をさらに引き上げていく上でのカギになりそうだ。
福本 裕貴
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