( 323236 ) 2025/09/10 05:59:12 1 00 2025年初頭、牛丼チェーンすき家で異物混入事件が発生し、顧客からの信頼が著しく失われた。 |
( 323238 ) 2025/09/10 05:59:12 0 00 Photo:DIAMOND
2025年初頭、日本を代表する牛丼チェーンすき家で異物混入事件が発生し、社会に大きな衝撃を与えた。最初の事件に対する会社の対応は遅く、会社の信頼を大きく損なった。事件発覚から約2カ月後、会社は全く異なる対応を見せる。全国のほぼ全ての店舗を一時的に閉鎖するという、前代未聞の決断を下したのだ。一連の出来事は、現代の企業が危機にどう向き合うべきか、重要な教訓を示している。(イトモス研究所所長 小倉健一)
● 異物混入で急速に失われたすき家への信頼
事件は1月21日に起きた。
鳥取県にあるすき家鳥取南吉方店で、顧客が注文したみそ汁の中にネズミの死骸が混入しているのを発見した。顧客は自身のスマートフォンで写真を撮影し、Googleマップのレビュー欄に投稿。顧客は同時に、地元の保健所とすき家の本社にも連絡を入れた。
連絡を受けた店舗は直ちに営業を一時停止した。2日後、店舗は保健所の現地確認を経て営業を再開した。すき家を運営するゼンショーホールディングスは、この時点で事件を公にしなかった。事件の情報は、顧客が投稿したSNSを通じて徐々に、しかし確実に拡散していった。
ゼンショーホールディングスが沈黙を続けた期間は約2カ月に及んだ。SNS上での批判や憶測が広がり、無視できない規模になった3月22日、会社はついに公式ウェブサイトで謝罪文を発表した。
会社はネズミ混入の事実を認め、原因は冷蔵庫のゴム製パッキンが劣化し、隙間からネズミが侵入したためだと説明した。
ただ事件発生から公表までの長い時間は、消費者の間に大きな不信感を植え付けた。危機管理の世界では、問題が発生した際に迅速に情報を公開し、誠実な行動を示すことが信頼の毀損を最小限に抑える鍵だとされている。
ゼンショーホールディングスの対応は、この基本的な原則から大きく逸脱していた。
SNSが社会のインフラとなった現代では、企業が不都合な情報を完全に隠し通すことは不可能である。情報公開の遅れは、意図的な隠蔽だと受け取られ、会社の評判を二重に傷つける結果となった。
食品の安全性に対する信頼と、企業としての誠実さに対する信頼の両方が、この60日間で失われていった。
● 追い討ちの異物混入、ピンチをチャンスに変えたすき家
最初の事件への批判が渦巻く中、さらなる危機が会社を襲う。3月28日、東京都の昭島駅南店で、商品にゴキブリの一部が混入していることが発覚した。
顧客からの連絡を受け、会社は即座に対応を開始した。最初の事件で失った信頼を完全に取り戻せない中で起きた2度目の事件は、会社の存続を揺るがしかねない事態だった。
ゼンショーホールディングスの経営陣は、ここで劇的な方針転換を見せる。ゴキブリ混入の報告を受けた翌日の3月29日、会社は重大な発表を行った。3月31日から4月4日までの間、ショッピングモール内などの一部店舗を除く全国約1970店舗を一時的に閉店すると宣言した。最初の失敗から学び、危機に対する姿勢を根本から改めた決断だった。
全国規模での一斉休業は、外食産業の歴史でもあまり例を見ない対応だった。
この大胆な行動は、会社が問題を深刻に受け止め、本気で解決しようとしているという強いメッセージを社会に発信することに成功した。
休業期間中、全店舗で専門業者による徹底的な清掃と害虫・害獣の駆除対策が実施された。営業再開にあたり、会社は具体的な再発防止策を発表した。すき家の強みの一つであった24時間営業を原則として取りやめ、深夜に清掃時間を確保する体制に変更したのだ。
また、店舗裏のゴミ庫を冷蔵化し、害虫の発生源を断つ対策も進めた。老朽化した店舗の厨房改装も計画的に行うと約束した。事業の根幹にまでメスを入れる抜本的な改革は、付け焼き刃の対策ではないことを消費者に示した。
これらの行動が、長期的な信頼回復への道を切り開いた。
会社の対応が成功だったことは、数字が明確に物語っている。
全店休業の影響で、4月の既存店の客数は前年の同じ月と比較して84.0%まで落ち込んだ。売上高も92.8%にとどまった。しかし、回復は驚くほど早かった。
営業を再開した翌月の5月には、既存店の売上高が前年比100.3%となり、前年を超える水準に戻った。客数は91.3%まで回復し、消費者がすき家に戻り始めていることを示した。
このV字回復を支えたのは、客単価の上昇だった。4月3日に実施された牛丼並盛の値上げが消費者に受け入れられ、客数の減少を補って余りある効果を生んだのだ。
● 問題が起きた後に、信頼回復に重要なものは…
マリク・アルタフ・フセイン氏とクリストファー・O・ドーソン氏が2013年に発表した論文「食品安全アウトブレイクが食品ビジネスに与える経済的影響」は、企業の規模に関わらない普遍的な原則を示している。
論文では、食品安全問題が企業に与える経済的な打撃について、次のように述べられている。
《アメリカ経済への食品安全インシデントのコスト推定は約70億ドルで、消費者への通知、棚からの食品除去、訴訟による損害賠償から来る。これらの損失の多くは、市場喪失、消費者需要の喪失、訴訟、会社閉鎖を表す》
この指摘は、どんな規模の飲食店であっても、一度信頼を失えば客離れという深刻な結果に直面するリスクを教えてくれる。すき家が初期対応を誤り、このリスクに直面したことは、全ての飲食店経営者にとって他人事ではない。
さらに、論文は問題発覚後に取るべき行動の重要性についても触れている。
《昨今、問題のある食品を市場から回収する動きは非常に一般的になった。多くの場合、問題が広がる前に企業が自ら行動を起こすものであり、会社の運営に巨大なコストをかける。しかし、問題の疑いがある際にこうした行動を取ることは、製造業者が消費者の信頼を維持し、取り戻すために重要である》
ここで重要なのは、行動の規模ではなく、その背景にある姿勢である。すき家が最終的に下した全店休業は、問題の可能性を認め、一度立ち止まって全てを点検するという誠実な姿勢の表明だった。
● ゼンショーのV字回復、どんな経営者でも手本にできる危機管理
小さな個人経営の店であっても、問題が起きた際に正直に謝罪し、数日間店を閉めてでも原因究明と清掃を徹底する姿勢は、顧客の信頼をつなぎとめる上で同じように機能する。
論文が示すのは、信頼回復の鍵が資金力ではなく、危機管理のテクニックでもなく、ただ消費者に対する「誠実さ」にあるという、普遍的な真理である。
もちろん、すき家を運営するゼンショーホールディングスが巨大企業であったことは、大胆な決断を後押しした一因だろう。
4日間の休業による、推定・約24億円の売り上げ減少は、年間売上高1兆円を超える企業体力があったからこそ耐えられた側面もある。しかし、この物語の核心は企業の規模ではない。
最初の失敗は、規模の大小に関わらず、どんな企業でも犯しうる広報の過ちだった。そして、その後の成功は、どんな経営者でも手本にできる危機管理の原則に基づいていたのだ。
この事例が本当に教えてくれたのは、顧客からの信頼を失うことの恐ろしさと、信頼を取り戻すための王道である。たとえ1店舗しかない小さな飲食店でも、SNSで1つのミスが拡散するリスクはすき家と何ら変わらない。
そして、その危機に正面から向き合い、目先の利益よりも顧客の安全と安心を最優先する姿勢を示すことの重要性も、また同じである。
すき家のV字回復劇が示すのは、企業の資金力ではなく、経営者の危機に対する覚悟と誠実さこそが、規模の大小を問わず、「お客様の信頼を取り戻す」唯一の道であるということだ。
小倉健一
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