( 327891 ) 2025/09/28 06:36:50 1 00 日本銀行は、9月の金融政策決定会合で政策金利引き上げを5回連続で見送ると同時に、ETFの売却開始を決めました。
また、実質金利がマイナスであることから、利上げの必要性が示唆されます。 |
( 327893 ) 2025/09/28 06:36:50 0 00 9月19日の金融政策決定会合後、記者会見する日本銀行の植田和男総裁 Photo:JIJI
● 日銀、5会合連続政策金利据え置き 説得力欠ける「トランプ関税の不確実性」
日本銀行は9月15、16日の金融政策決定会合で、ETF(上場投資信託証券)の売却開始を決める一方で、政策金利の引き上げは5会合連続で見送った。
日銀は2010年からETFの購入を始めたが、中央銀行が株式市場に介入するという異例の政策に対しては、IMFやOECDなどの国際機関から、資産価格のゆがみや出口戦略の難しさへの懸念が示されてきた。
そうした状況からの脱却が始まったことは、適切な判断だと考えられる。
政策金利の引き上げ見送りについて、日銀はその判断理由の一つとして、「各国の通商政策等の今後の展開やその影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性は高い状況が続いている」と説明している。
植田和男総裁は決定会合後の会見で、「アメリカの関税政策の影響などが一段と出てくる可能性がある」「不確実性がある中、もう少しデータなり情報なりを見たい」などと説明した。
このように、アメリカの関税による企業業績などへの影響を点検する必要があると判断したとみられる。
しかし、日米の関税交渉は7月に決着し、自動車関税や相互関税の税率引き下げが合意されている。これを受けて株価は顕著に上昇した。関税そのものによる直接的な不確実性は、少なくとも短期的には後退したとみるべきだろう。
ただし、関税交渉は合意したが、その代償として、日本は巨額の対米投資義務を約束し、日本経済にとって非常に重い負担となる可能性があるので問題が解決したわけではない。
しかし、この問題は金融政策によって対処するものではなく、財政措置や産業政策で対応すべき課題だろう。
金融政策の適否は、現在の金利水準が経済活動に対して中立的か否かという観点から判断されるべきだ。
● 重要なのは実質金利の判断 マイナスなら利上げが必要
その点で、特に重要なのは、現在の実質金利がマイナスの領域にあるか否かの判断だ。実質金利がマイナスと判断されれば、利上げの必要がある。
実質金利がどの程度の水準なのかの判断にあたっては、期待インフレ率を推計する必要がある。ここで「期待インフレ率」とは、将来のインフレ率の予想値のことだ。将来のインフレ予想を決める重要な要素は、現在のインフレ率だ。
この問題を考える際のインフレ率、消費者物価上昇率としては、次のようにいくつかのものが考えられる(カッコ内の数字は25年7月における対前年同月比)。
▼コアCPI:生鮮食品を除く消費者物価指数(3.1%) ▼コアコアCPI:生鮮食品及びエネルギーを除く総合(3.4%) ▼食品(酒類除く)及びエネルギーを除く総合(1.6%)
日銀は、消費者物価としてコアCPIを取っているが、前回7月の決定会合時に公表された「経済・物価情勢の展望」(25年7月)では、「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、25年度に2%台後半となった後、26年度は1%台後半、27年度は2%程度となると予想される」としていた。
これは、次のような考えによると推測される。
消費者物価としては「コアCPI」を考えるが、ここに含まれる「食品」(特にコメ)は、短期的な条件で上昇している面がある。したがって、将来を見る場合には、コアCPIの上昇率は7月のような高い値(3.1%)にはならず、「食品(酒類除く)及びエネルギーを除く総合」の上昇率(1.6%)に近い2%程度になる。
9月19日に発表された直近8月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、対前年同月比2.7%増となり、昨年11月以来9カ月ぶりに3%を下回った。
これは、上記の日銀の展望レポートの見通し通りの結果のように見える。しかし、これは政府が電気・ガス料金の補助を7月に再開したことの影響が大きい。つまり、本来の消費者物価の動きから外れている可能性がある。
● 現在の実質金利マイナス0.5%程度!? 懸念される投機的行動や資産価格の高騰
仮に現状での期待インフレ率を2%程度としても、現在の10年国債の名目利回りは1.5%前後なので、実質金利はマイナス0.5%程度ということになる。
金融政策が経済活動に中立的になるには、実質金利を経済の実質潜在成長率に等しくすることが必要であると、経済理論で明らかにされている。
日本経済の実質潜在成長率は、低下はしているものの、プラスだと考えられるため、マイナスの実質金利は、景気活動に過度の刺激を与え、健全な資源配分をゆがめる要因となり得ると考えられる。
また、仮にコアCPIの伸び率が将来、鈍化せず、7月のように3%を超える水準にとどまるとすれば、実質金利はマイナス1.5%ということになるだろう。その場合には、日本経済の資源配分は大きくゆがむだろう。
具体的には、以下のような副作用が考えられる。
▼過剰な投資や借り入れ ▼不動産や株式など資産価格の高騰 ▼その他、生産性向上を伴わない投機的活動の増加
● 円安過ぎる現在の市場為替レート 過剰な外需依存、内需回復を遅らせる
過度な低金利政策は、為替市場にも大きなゆがみをもたらす。これは「実質実効為替レート指数」によって表されている。
これは通貨の購買力を測る総合的な指標だ。基準時点(2010年)を100とする指数で表されている。ある通貨の実質実効為替レート指数の下落は、その通貨の購買力の低下を意味する。
この値を見ると、最近時点で72.2程度だ。つまり、円の購買力は、10年に比べて約3割低下したことになる。10年に円の市場為替レートが1ドル80円台に迫る水準だったことと比べると、現在の1ドル140円後半の市場為替レートは、円安すぎるということになる。
実質実効為替レート指数のデータを過去にさかのぼってみると、いまは1970年ごろの値とほぼ同水準だ。
70年代の初め、私は留学生としてアメリカにいた。当時の私の日本での月給は2万3000円程度。しかし、大学周辺のアパートは、独身用一部屋でも100ドルを超えていた。日本円に換算すれば、3万6000円だ。日米の豊かさの差を思い知らされた。日本円の実力は、その当時とほぼ変わらぬ状態にまで低下してしまったのだ。
為替のゆがみによって生じる外需への過剰な依存構造は、内需回復を遅らせる一因となっている。日本経済の持続可能な成長のためには、為替レートを適正な水準にすることが必要だ。現在の日本経済は、低金利、円安という構造的ゆがみに直面している。これらが相互に作用し、経済活動の効率性を損なっている。
日銀は、金融政策正常化の戦略を明確に描き、その基本は経済の構造的安定性を回復することに置くべきだ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄
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