( 328856 ) 2025/10/02 06:54:56 1 00 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、2026年から付加価値税(VAT)を20%から22%に引き上げる提案をした。 |
( 328858 ) 2025/10/02 06:54:56 0 00 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、2025年9月26日、ロシア・モスクワのクレムリンでの会談に先立ち、ベラルーシのルカシェンコ大統領の到着を待つ。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■2026年から付加価値税を引き上げる方向
ロシアで2026年1月より、日本の消費税に相当する付加価値税(VAT)の税率が引き上げられる公算が大きくなっている。VAT率は2019年に18%から20%へと引き上げられたのち、現在まで据え置かれている。しかし財務省は、9月24日に2026年の予算案を政府に提出した際、財源の不足を理由に22%へと引き上げることを提案した(図表1)。
財源が不足している最大の理由は軍事費の膨張にあると財務省は説明している。新たな財源を確保しなければ、ロシアは今後もウクライナとの戦争を今までのように継続することは不可能だというわけだ。VATはロシア連邦の歳入の40%弱程度を占める重要な財源だ。国民から広く薄く税金を徴収でき、負担の公平性という意味でも優れている。
他方で、VAT率を引き上げれば、国民の生活は苦しくなる。増税のために所得は目減りするし、また物価が上昇することにもつながる。したがって、その引き上げは国民による反発を受けがちであるため、慎重を期して行われる。ウラジーミル・プーチン大統領ら政権の幹部らにとっては、これは可能な限り排除したい選択肢だっただろう。
■2年連続の増税に…
それに、ロシアは既に2025年にも増税に踏み切っている。具体的には、年収240万ルーブル(約430万円)以上の高所得者層に限定した累進課税の強化が図られた。これも膨張する軍事費を手当てするために行われた増税である。2年連続で増税を実施するという事実は、ロシアの戦時財政が着実に回らなくなっていることの証左と言える。
国債の増発という手段もあるが、貯蓄率が低いロシアの場合、中銀ないしは政府系の商銀による消化しか見込めない。これは強烈な通貨安ならびに物価高圧力となるため、簡単には取り得ない手段だ。それに、ロシアはまだそこまで追い込まれてはいない。とはいえ、それと相反するわけだが、戦時財政の維持は着実に難しくなっているのである。
■ロシア経済は本当に強いのか
ところで、ロシア経済の構造的な特徴をよく表す指標の一つに経常収支がある。世界有数の資源国であるロシアは、諸外国に石油やガスを輸出し、それで得た所得で石油やガス以外の消費財を輸入する経済である。ゆえにロシア経済の場合、経常収支の黒字が拡大すればその余力が増すが、一方で黒字が縮小すれば余力は失われることになる。
ロシアの経常収支は2024年4〜6月期をピークに黒字が縮小に転じ、直近2025年4〜6月期には名目GDPの2%程度となっている(図表2)。そして経常収支を民間収支と政府収支(財政収支)に分解すると、経常収支の黒字の縮小の主因が財政赤字の膨張だと分かる。ロシア経済全体の余剰資金は、財政赤字によって食い潰されているわけである。
名目GDPの2%程度という経常収支の黒字幅は、クリミア紛争後の経済・金融制裁などを受けてロシア経済が低迷していた2016〜17年頃や、コロナショックを受けて景気が腰折れした20〜21年頃の水準に等しい。これらの期間でも経常収支の黒字幅の縮小をもたらしたのは財政赤字だったが、それは不況に伴う財政の悪化を受けたものだった。
■民間の黒字をロシア政府が食い潰してきた
言い換えれば、過去の財政赤字の拡大局面では、民需経済を刺激するために歳出が拡大している。対して今回の財政赤字の拡大局面では、軍需経済を支えるために歳出が拡大しており、民需経済は二の次となっている。つまり、ウクライナとの戦争で垂れ流されている政府部門の赤字を民間部門の黒字で食い潰しているというのが実情と言える。
昨年来の増税は、民間部門の需要を冷ますことで民間収支の黒字を増やし、それを用いて、戦争で膨張した政府収支の赤字を補填する行為である。ロシア経済の「強さ」を経常収支の黒字で語る識者もいるが、仮にそうだとしても、裏で生じているマネーフローの変化を踏まえた場合、その強さが着実に低下していることを踏まえるべきだろう。
さて話をVATに戻すと、税率の引き上げがもたらす懸念として、まず物価の上昇がある。VAT率が20%から22%へと2%ポイント上昇すれば、単純に考えれば物価上昇率も2%ポイント押し上がる。実際には、売り上げの減少を抑制するために企業が価格転嫁を抑えるため、物価上昇率はそこまで押し上がらないが、それでも物価上昇は加速するわけだ。
物価上昇の加速は実質所得の減少につながるため、個人消費や住宅投資を冷やす効果がある。年明け以降、ロシア景気は低迷しているが、その主因は個人消費や住宅投資の不振にある。個人消費や住宅投資を下支えするため、ロシア中銀は慎重に金利を引き下げているが、VAT増税により物価上昇が加速すれば、追加利下げの余地は大いに狭まる。
そもそもロシア中銀は、政策金利を引き下げているとはいえ、消費者物価の上昇率に比べると、金利の水準を高いままに設定している(図表3)。戦時下における物価統計の歪み(物価の実勢を統計が把握しきれていないこと)や通貨ルーブルの維持という観点からの判断だろうが、ゆえにロシア中銀は大胆な金融緩和を実施しえない状況である。
加えて来年以降は、VAT増税というさらなるノイズが物価に影響を与えることになる。そもそも、経済対策を取り得ない政府が、中銀に対して金融緩和をさらに強く要請する可能性がある。この間、巧みな手腕で戦時下にあるロシア経済を支えてきたエリヴィラ・ナビウリナ総裁ら中銀スタッフだが、今後はなお一層、難しい運営を迫られる。
■戦争をやめても「火の車」
ロシアとウクライナの戦争は「プーチンの戦争」とも言われる。そのプーチン大統領が年内にも退任し、憲法裁の長官に就任し、実質的な院政を敷くという観測も出てきている。去就が注目されるところだが、その如何を問わず、大々的な戦果をロシア国民に対してアピールできない限り、政府はこの戦争を政治的に止めることができないだろう。
経済的にも、膨張した軍需がすぐに縮小すれば経済に悪影響が及ぶことから、段階的な縮小が必要となる。ただしロシアの場合、ウクライナやヨーロッパを念頭に防衛体制を強化し続ける必要がある。ゆえに軍需は高止まりすると予想されるが、逆を言えばそれが民需を圧迫し続けるため、経済は低成長を余儀なくされるというジレンマがある。
実効支配下に置くウクライナ東部の復興に伴う出費も、ロシア財政を苦しめる。このように、戦争が続こうと止まろうと、ロシアの財政は火の車だ。原油価格が急騰でもしない限りロシアの民間収支の黒字は増えないし、財政にも余力は生まれない。こうした状況に鑑みれば、VAT増税が今回の一度限りになる保証など、どこにもないのである。
とはいえ、相次ぐ増税は国民の支持を失う結果となるため、政府はそれも回避したい。当面は、追加増税以外の選択肢を複合的に合わせながら、なんとか軍事費を捻出することになるのではないか。軍事ケインズ効果も一服した中で、ロシアの経済運営が厳しさを着実に増していることを、今回のVAT増税論議は端的に物語っていると言えよう。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
---------- 土田 陽介(つちだ・ようすけ) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。 ----------
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介
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