( 329096 ) 2025/10/03 06:40:47 1 00 「石丸現象」という状況は、東京都知事選で166万票を集めた石丸伸二氏に関連している。
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( 329098 ) 2025/10/03 06:40:47 0 00 なぜ「石丸現象」に“扇動”されるのか?(写真:アフロスポーツ)
2024年の都知事選で約166万票を集めた石丸 伸二という人物がいる。38歳で安芸高田市長に就任し、SNSで「若い改革者」のイメージを演出、41歳で「石丸現象」を生じさせた。その勢いで2025年1月に政治団体「再生の道」を立ち上げ、6月の東京都議議選では42人を擁立するが全敗、7月の参議院選挙では10人を擁立するがこれも全敗して、8月に代表を辞任した。彼こそが、周囲を“扇動”して破滅に導く「デマゴーグ」の端的な例ではないか。なぜ人々は「石丸現象」に“扇動”されてしまったのか。その本質的な意味を分析する。
2024年7月7日に執行された東京都知事選挙には、過去最多の56人が立候補した。ただし、その大多数を占めるのは、いわゆる「泡沫候補」と呼ばれる立候補者であり、実際には、組織票に支えられる小池百合子・現職知事と蓮舫・元参議院議員との「2強対決」と目されていた。
2人とも形式的には「無所属」だが、小池氏は自民党・公明党・国民民主党・都民ファーストの会、蓮舫氏は立憲民主党・日本共産党・社会民主党から「自主的な支援」を受けている。
3選を目指す小池氏サイドは、自民党“裏金”政治の「逆風」を避けるためか、可能な限り「与野党対決」の構図を回避しようとした。あくまで2期8年間の都政の実績を強調し、公務を優先させる「静かな選挙」戦略を取った。目新しいのは「AIゆりこ」をSNSに挙げて、政策を語らせたことくらいである。
逆に、蓮舫氏サイドは、「反自民政治」・「非小池都政」を前面に掲げる「攻撃的な選挙」戦略を取った。立憲民主党や日本共産党の議員らが入れ代わり立ち代わり応援演説を行う方針は、過去の選挙戦略を踏襲している。しかし、その攻撃性は空回りして、選挙戦中盤からは「立憲共産党」などと揶揄されるようになり、「自滅」の道をたどった。
選挙の結果は、現職の小池氏が約292万票(約43%)を得て圧勝した。そこで驚くべきことに、蓮舫氏を抑えて、まったく政党や組織の支援を受けなかった石丸 伸二氏が約166万票(約19%)を得て次点に躍り出たのである。
なぜこれほどまでの「石丸現象」が生じたのか?
なぜ多くの都民が「石丸現象」に“扇動”されてしまったのだろうか?
石丸氏のスローガンは「東京を動かす」だった。彼は、都内各地で積極的に街頭演説を行い、「政治屋を一掃する」「日本を変える」「政治を正す」といった単純でインパクトのあるメッセージを繰り返した。
彼の「若い改革者」のイメージが、既存政治に不満を持つ無党派層に浸透し、彼の街頭演説は「お祭り騒ぎ」にまでエスカレートするようになったと考えられる。
実際に、2024年都知事選の投票率60.62%は、2020年の投票率55.00%よりも5.62%アップしており、そこに「石丸現象」の影響があった可能性は十分考えられる。出口調査では、10代~20代の若者層は、小池氏以上に石丸氏への支持が高かったデータもある。
したがって、「若者の政治参加を促した」という意味では、石丸氏の立候補に有意義な側面があったことも事実である。
石丸氏サイドは、SNSを徹底的に活用した。特にX(旧Twitter)・YouTube・TikTokには彼のショート動画が大量に拡散されて、斬新なイメージを植え付けた。
典型的なのが、2022年6月10日の安芸高田市議会における「居眠りをする、一般質問しない、説明責任を果たさない。これこそ議会軽視の最たる例です。恥を知れ! 恥を!」という石丸氏の発言である。
その一方で、少し調べてみれば、彼が人口約2万5000人(東京ドーム定数の約半分)にすぎない小都市の市長として、たった定数16名から構成される市議会とさえ建設的なコミュニケーションを取れず、明確なリーダーシップを発揮することもなく、任期途中で市長職を投げ出している経歴は、すぐにわかるはずである。
しかも、石丸氏は、地元ポスター業者から代金未払い、山根 温子市議からは名誉毀損で訴えられ、どちらの裁判でも自分の非を認めず、最高裁まで争いながら敗訴している。判決後も、自己弁護に終始して謝罪もせず、道義的責任を感じているようにも見えない。
石丸氏が「恥を知れ! 恥を!」と年配の議員に立ち向かう姿は、「古い政治」を「新しい政治」に変えるという構図に非常に便利だった。この場面は、既存政治に不満を持つ無党派層から拍手喝采をもって受け入れられ、動画の合計再生回数は数百万回レベルに達した。
しかし、この「敵と戦う」イメージこそが、実は大衆を“扇動”する「デマゴーグ」なのである。
石丸氏は、居眠りを指摘したことについて、「これを許してはいけないなと思って。どうやろう。どう始末してやろうと思った時に、うまく使った方がいいなと。単に1人を起こすとか、議会に対して居眠りが多いので気をつけてくださいって注意することはできるんです。穏便に済ます、それじゃあもったいない。これをうまくエネルギーとして蓄積して、世の中に発信していくべきだと思ったんです」とインタビューに答えている。
要するに、計算して「敵」を作り出したわけである。
実は、居眠りの指摘を受けた市会議員・武岡 隆文氏は、市会議長を通して石丸氏に「睡眠時無呼吸症候群」の診断書を提出している。2022年6月30日に「居眠りではなく病気だった」と説明し、「市長は診断書を受け取っているにもかかわらず見ていないと嘘をついている」と主張した。
これに対して、石丸氏は、「個人情報だったので中身を確認せずシュレッダーにかけた」と返答している。その後、武岡氏は誹謗中傷に晒され、そのストレスが原因で憔悴(しょうすい)して入院し、2024年1月に68歳で逝去した。翌年2025年1月には、武岡氏の妻も自死したと報道されている。
この背景から見えてくるのは、石丸氏が武岡氏の「病気」という「訴え」に真摯に向き合おうとせず、「始末してやろう」という自分の「パフォーマンス」を優先している姿で、これこそが損得計算で動く「デマゴーグ」の特徴といえる。
さらに、都知事選直後の2025年7月14日に放送されたテレビ番組で、「日本の人口減少」に対する具体的な政策を聞かれた石丸氏は、「社会が変わるのは100年、200年、日本だと300年はかかるかもしれない」と断ったとはいえ、「一夫多妻制を導入するか、遺伝子的に子どもを生み出すとか」という奇想天外な提案を述べている。
この発言は、石丸氏が目前の現実問題としての「日本の人口減少」に具体的な政策を持たず、“お花畑”のような夢想しか有していないことを表している。このように、実際の政策に対する洞察が“空っぽ”で、「敵」の排除ばかりに拘る点も「デマゴーグ」の特徴である。
7月16日、石丸氏は、自身のYouTubeチャンネルで、「僕が都知事選出るとなったらどうなると思います?……4年たった時、45歳。大本命じゃない。普通に客観的に言ってですよ。メディアは扱わざるを得ないんですよ。でしょ? ここから知名度とか上げるのは必要なくて。むしろ逆なんですよ。放っとけば、自分がもてはやされるんですよ。この行列に並んでいると。ターンが来る」と述べている。
この動画を見て、彼に投票したことを後悔した都民も多いのではないだろうか。この種の「大言壮語」を吐くのも「デマゴーグ」の特徴である。
紀元前5世紀、古代ギリシャには200以上の「都市国家(ポリス)」が乱立し、その中心に君臨するのが「アテネ」と「スパルタ」の2大国家だった。
アテネは「民主政治」に基づく自由な商業と交易によって栄えた。最盛期のアテネの指導者ペリクレスは「政治に興味のない者は市民の資格がない」と全市民の政治参加を促している。
一方のスパルタは、厳しい軍事訓練を課された少数の軍人が「寡頭政治」を行い、市民の外国との交流を禁止し、閉鎖的な独裁体制を保持していた。
アテネを中心とする「デロス同盟」は次第に勢力を拡大し、これを脅威とみなしたスパルタは、周辺諸国と「ペロポネソス同盟」を結んだ。紀元前431年、ペロポネソス同盟軍がデロス同盟のアッティカに侵攻し、デロス同盟軍は強固な城壁に守られたアテネに籠城した。
ところが、その2年後、城内に疫病が発生し、ペリクレスをはじめとする籠城者の3割近くが病死してしまった。ただしアテネ海軍はエーゲ海の覇権を握っていたため、物資の補給に苦しめられたスパルタの遠征軍は、紀元前425年、ついにアテネに和平交渉を申し出た。
籠城を継続する危険性を憂慮していたアテネの貴族層は、喜んで和平交渉に応じようとした。ところが、そこにクレオンという政治家が登場する。
彼はペリクレスのような名門貴族出身ではなく、皮革業で財を成した商人だった。クレオンは、アテネの優越性を誇張して市民を魅了し、スパルタの国力を過小評価して戦争継続を主張した。さらにクレオンは、アテネ市民を「好戦派」と「和平派」に分断し、演説で和平派を「弱腰・卑怯者」と徹底的におとしめた。
ここで重要なのは、多くのアテネ市民がクレオンに“扇動”されて、戦争継続に熱狂的に賛成してしまった点である。
結果的に戦争を継続したアテネは次第に衰退し、紀元前404年、ついにスパルタに全面降伏し、やがて滅びていく。
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