( 330401 )  2025/10/09 04:35:28  
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高市早苗氏が自民党の新総裁に選ばれ、保守層が戻ってくるという期待がある一方で、衆参で過半数を失った現実が存在する。

与党の公明党との関係も厳しく、歴史認識や裏金問題の注文が出ている。

高市氏が自身のカラーを封印することで支持基盤を失いかねず、自民党の分断が進む懸念もある。

市場は高市氏の当選を好意的に受け止めているが、保守系支持者は自民党に戻らないという声が高まりつつあり、次期選挙への不安も指摘されている。

分裂する中で高市氏がどのように信頼を築いていくかが重要な課題となっている。

(要約)

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臨時総務会で笑顔を見せる(左から)古屋圭司選対委員長、有村治子総務会長、麻生太郎副総裁、高市早苗総裁、鈴木俊一幹事長、小林鷹之政調会長=7日午前、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト 

 

■保守層の期待が重荷に 

 

 高市早苗新総裁の誕生で、支持者の間では参政党に逃げた岩盤保守層が戻って来るなど、自民党の保守回帰が始まったと期待する向きが多い。しかし、衆参で過半数を失った現実の前に、連立の拡大や部分連合が欠かせないが、与党の公明党からも、裏金問題へのケジメや歴史認識の問題で厳しい注文が出ている。 

 

 史上初めての女性首相の誕生への期待の一方で、高市カラーを封印すれば、頼みの岩盤保守層も取り戻せない。むしろ分断も進んで自民党解体が早まるのではないかという悲観的な声も出始めた。 

 

■高市劇場の幕開け 

 

 大方の予想を裏切って、国会議員の分厚い支持で最有力と言われた小泉進次郎氏を1回目の投票から大量の党員票でリードし、決選投票でも僅差でかわした高市早苗氏。女性初の首相の誕生も間近だと株式市場も連日史上最高値を更新するほど好意的に受け止め、海外メディアの反応も上々だ。 

 

 市場関係者は、小泉優勢の事前報道があふれたなかでの、高市氏の逆転劇はサプライズと受け止められた。海外では当たり前の女性宰相がようやく日本でも登場すれば、極右出身ながらバランスの取れた財政運営で知られるイタリアのメローニ首相のように米トランプ大統領との関係もうまくいくのではないか、と解説する。 

 

 ドラマの立役者は、麻生太郎氏だ。小泉氏を全面的に支援した菅義偉氏、小泉氏と共に林芳正氏を推した岸田文雄氏、そして麻生氏の3人の首相経験者の争いが総裁選のもう一つの注目点だったが、結局、軍配は麻生氏にあがった。 

 

■「宝くじ」を当てた麻生氏 

 

 自民党唯一の派閥を率い、1回目の投票では、小林鷹之氏と茂木敏充氏にそれぞれ票を流し、その見返りに決選投票では高市氏に入れさせることに成功した。派閥が権謀術数を競い合ったかつての自民党の総裁選を彷彿とさせる巧みな戦術で、見事に形成を逆転させたのだ。 

 

 麻生氏を古くから知るベテラン議員は、「麻生は大当たりの宝くじを引いたな」と舌を巻いた。 

 

 しかし、その麻生氏の剛腕以上に、議員たちの気持ちを動かしたのは、党員票の結果だった。麻生氏が直前に派内に出した指示は、「決戦投票では党員票で1位になった候補に投票してくれ」だった。 

 

 

 党員投票で高市氏が1位になることは事前の予想でも分かっていたが、蓋を開けてみると、全国各地で高市氏がトップとなり、全体の得票数は25万票、得票率は40%にも上った。党員数が激減しているなかで、1年前を5万票近く上回り、党員投票では圧勝となった。 

 

 2位の小泉氏は約18万票(28.6%)、3位の林氏は13万票(20.9%)と両氏とも去年から大幅に得票を増やしていたのだが、高市氏の支持が圧倒的だったことが明白になった。 

 

 これが決定的だった。麻生氏からの指示とは別に、小泉氏に投票しようと思っていた議員の間にも動揺が広がったという。ある議員は、いま自民党が厳しい状況にある中で、これだけの党員の意思を無視することはできなかった、とその時の心境を明かした。 

 

■小泉劇場の閉幕 

 

 誤算続きだったのは、小泉進次郎氏の陣営だ。参院選大敗後も首相の座にしがみついていた石破茂氏だが、麻生氏や旧安倍派の議員たちによる「石破降ろし」の包囲網が次第に狭まる中、最後に引導を渡したのが菅氏であり、小泉氏だった。 

 

 更迭された農水相のピンチヒッターとして備蓄米の安値放出を断行し、改めて存在感を発揮した小泉氏は、世代交代と発信力で自民党復活の救世主となることが期待されていた。菅氏のグループだけでなく、旧岸田派の中堅・若手の議員らが集まり、国会議員は最多の80人を超える支持が見込まれ、党員票も高市氏とトップを競い合う情勢と見られていた。 

 

 夫婦別姓などをめぐる不用意な発言で失速した前回の失敗を繰り返さないよう、保守派に人脈のある加藤勝信財務相や岸田氏側近の政策通・木原誠二氏らが脇を固め、発言も「原稿の棒読み」と揶揄されても、正確さと慎重さに心を配った。 

 

 しかし、小泉氏らしい発言が鳴りを潜めたことで、逆に小泉氏の魅力が発揮できない結果になった。 

 

 それに加えて、小泉陣営の牧島かれん氏らが、ネット動画のコメントに小泉氏に好意的な文章を投稿するよう促していた「ステマ」疑惑や自民党神奈川県連で高市氏に投票した党員を大量に勝手に離党させていたなどとする疑惑が週刊誌に立て続けに報じられたことも大きかった。 

 

 小泉氏自身のスキャンダルでもなく、党員の投票行動に影響したかどうかは分からないが、イメージが悪化して三番手の林芳正氏の急速な追い上げに繋がり、それが二人の間で票が分散する結果になったのである。 

 

■恩師の忠告 

 

 小泉氏が米コロンビア大学に留学していた頃の恩師でもあり、半世紀以上の研究で日本政治に精通しているコロンビア大学名誉教授のジェラルド・カーティス氏は、かつての教え子の敗北について筆者の取材に次のように述べた。 

 

 「進次郎君は、前回の挫折を反省して、幅広い支持を得ようと自分独自の主張抑えて党内融和を訴えた。私は正しい判断だったと思うが、それが進次郎らしさを消してしまい高齢の自民党員からは、彼は未熟で生意気だと見られた。それに加えて、SNSで激しいバッシングを受けたことで失速した。彼には期待しているが、さらに経験が必要だ」 

 

 

 支持者たちが期待した小泉劇場は不発に終わり、しかも石破内閣を支持してきた議員たちの票が、林氏と二分される結果になった。穏健な中道・保守の路線のグループが、二分されたことで、高市氏を支持する「岩盤保守」の求心力が大きく勝る情勢となったのである。 

 

 カーティス教授は、こうした自民党の現状を次のように指摘した。 

 

 「自民党には危機感が足りない。高市氏も負けた小泉氏も、どちらが次の『選挙に勝てる顔』になるのか、ということだけで比べられた。自民党が選挙で負け続けているのはなぜか、どうすれば自民党が良くなるのか、大きな政策や方向性の議論は全くなかった。女性の高市さんは一時的に人気が出るかもしれないが、参政党などの右派ポピュリズムの支持が自民党に戻って来るとは思えず、自民党は選挙には勝てないと思う。今度の結果は、むしろ分断が進んで自民党の解体が早まるような気がする」 

 

■自民党から逃げた岩盤保守層は帰ってこない 

 

 永田町の大方の予想をひっくり返す逆転劇に、女性初の首相が近づいたこともあって、高市氏の周辺は明るい空気にあふれている。株価も史上最高値の4万8000円超えが続き、マスコミも派手に扱い始めた。 

 

 6日公表された共同通信の緊急世論調査によると、「高市新総裁に期待する」は68.4%、「期待しない」は25.5%となり、自民党史上初めての女性総裁への期待は高い。女性首相の誕生が望ましいという答えは8割を超えている。自民党の支持率も33.8%と前月から10.3ポイントも上昇した。 

 

■「右派のスター」のジレンマ 

 

 しかし高市氏の本当の正念場は、自民党の保守回帰を本物にできるかどうかだ。いまネット上には参政党を支持する強硬右派の声が溢れている。その多くが右派のスターである高市氏に期待する声ばかりだ。 

 

 ただし自民党に期待できるという声は驚くほど少ない。石破首相も、敗れた小泉、林両氏も「自民党内のリベラル左翼勢力」であり、彼らがいる自民党はすでに本当の保守ではないというのだ。自民党から見れば彼らの方が極右勢力ということになるが、いずれにしても高市自民党に戻ってくることはなさそうだ。 

 

 「自民党はアリ地獄に落ちてしまった」 

 

 ある自民党関係者は、高市総裁で保守回帰が進み自民党が立て直せるという見方に疑問を呈している。 

 

 「高市さんは、安倍政治の後継者を保守派にアピールして経済政策と外交を売りにしているが、自分の考えはない人だ。総理総裁になれば、現実には靖国神社の参拝もできないし、大型減税も思い切った外国人規制もできないだろう。直ぐに今まで言っていたことと違うじゃないか、ということになる。保守回帰どころか、岩盤保守派の期待も失いかねない。長期的には自民党支持は戻らないし選挙でも勝てないだろう。自民党はアリ地獄に落ちたようにもがけばもがくほど沈んでいく」 

 

 そしてその自民党関係者はこうも続けた。 

 

 「自民党がダメになったのは国民が評価してくれるような政策が何もできていないからだ。物価高対策も外国人の問題も、今までの自民党政治に問題がある。その反省の上に、将来に夢が持てるような政策を訴えないと、支持は戻ってきませんよ」 

 

 

■公明党の連立離脱論 

 

 保守派のつなぎ止め以上に難しいのが、与党公明党との関係維持だ。 

 

 4日、高市総裁が決まった直後に、公明党の斉藤鉄男代表は、あいさつに訪れた高市氏に「靖国神社参拝や外国人政策の厳格化などを巡り、支持者らが不安を持っている」と直接伝えた。公明党の支持母体・創価学会にはこれに加えて、衆参の選挙で公明党が自民党の裏金議員を推薦したことで選挙で敗北したという強い不満があり、「裏金議員を要職で処遇しないこと」という条件も突きつけられた。 

 

 公明党内には、自民党がこの条件を飲まなければ連立離脱も辞さないという強硬論もある。ある公明党関係者は「この数年、うちの支持者には自民党の後始末ばかりさせられ、選挙でも負けていることに強い不満が出ている。今回は連立離脱の瀬戸際まで来ている」と明かした。 

 

 自民党内には、26年も続いてきた公明党との連立の積み重ねがあり、安倍政権で高市氏が要職にいた間も協力してきた実績から、最後は妥協できるという見方が大勢だが、自公関係が新たなステージに入ったことは確かだ。 

 

 自民党の役員人事では、旧安倍派幹部で裏金問題でも批判された萩生田光一氏が幹事長代行という要職についた。連立維持のために高市氏は持論を封印するというだけでは済まない対応が必要になる。 

 

■保守の期待が失望に変わる 

 

 しかし、保守派から期待の高い政策や高市カラーを封印すれば、逆に今回高市氏を支持した党員たちの期待も裏切ることになる。そうなれば総裁選では高市氏を支持しなかった穏健、中道の保守の支持も得られない可能性もある。 

 

 今月下旬にも予定されている首班指名までの間に、答えを見出すことができるのか。保守回帰への道筋は、一筋縄ではいかないことだけは確かだ。 

 

 

 

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城本 勝(しろもと・まさる) 

ジャーナリスト、元NHK解説委員 

1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。 

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ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝 

 

 

 
 

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