( 330481 )  2025/10/09 06:09:03  
00

人気漫画家・イラストレーターの江口寿史氏が無断で写真をトレースして商用利用していたとして、いわゆる“トレパク”疑惑が浮上している。

これにより、複数の企業が江口氏の作品を取り下げる事態に至った。

問題の発端は、江口氏が一般女性の写真を無許可でトレースしたポスターであり、その後も過去の作品に関する疑惑が相次いでいる。

ネット上では特定班と呼ばれるユーザーが疑惑を指摘し合っており、著作権や肖像権の侵害の可能性もあるが、法的には問題がクリアとは言えない。

江口氏が沈黙を続けている中で、作業過程での意識不足が指摘され、クリエイターは模倣や盗用を避けるための対策が必要であると論じられている。

この問題が長年繰り返されている背景には、オリジナルと模倣の区別が曖昧であり、技術の進展によりトレースが容易になっていることがある。

最終的には、制作段階での厳格なルール策定や、問題発覚後の誠実な対応が求められる。

 

 

(要約)

( 330483 )  2025/10/09 06:09:03  
00

人気漫画家・イラストレーターの江口寿史氏に“トレパク”疑惑が持ち上がり、次々と広告や販促物が取り下げになる事態となっている(画像:江口寿史氏の公式Xより) 

 

 漫画家・イラストレーターの江口寿史氏による、写真を無断でトレースして商用利用する、いわゆる“トレパク”問題が波紋を広げている。 

 

 複数の企業が使用していた江口氏のイラストを取り下げている状況だが、新たな疑惑も相次いで発覚しており、問題がどこまで広がるか現時点ではわからない状況だ。 

  

商用作品における“パクり”問題はこれまで何度も起こっており、問題視されてきた。にもかかわらず、こうしたことが起き続けるのはどうしてだろうか?  この問題を防ぐための手立てはあるのだろうか。 

 

■江口寿史氏の行為は「違法」なのか 

 

 最初に今回の経緯を整理しておこう。 

 

 10月3日、ルミネ荻窪で行われるイベント用に江口寿史氏が描いたポスターについて、一般女性がInstagramに載せていた写真を無許可でトレースして制作していたことが発覚した。 

 

 江口氏と当該女性がXにて経緯を説明し、女性からは事後承諾を得た旨も報告された。 

 

 これを受けて同日、ルミネ荻窪は「制作過程に問題があった」としてポスターを撤去。6日には同ビジュアルを「今後一切使用しない」と発表した。 

 

 その後、江口氏の過去のイラストについても、同様の疑惑が浮上した。 

 

 10月4日に眼鏡量販店のZoffが「確認作業を進める」、5日にセゾンカードが「使用を見合わせる」、10月6日にデニーズが「使用を控える」と発表している。 

 

 こうした動きの背後には「特定班」と呼ばれるネットユーザーの動きがある。彼らは、江口氏の作品の元ネタとなった画像を調べて特定し、SNS上で報告し合っている。これによって、数々の“パクり”疑惑が露呈している状況だ。 

 

 江口氏の行為は、「肖像権」「著作権」「パブリシティ権」の侵害の可能性があると指摘されているが、現状では明確ではない。 

 

 また、火種となったルミネ荻窪のイラストは、モデルとなった女性から承諾を得られている。法律的には問題ない状況になったはずだ。なぜ、違法行為が確定していない段階で取り下げられたのだろう?  

 

■「取り下げ」になるのは必然だった 

 

 広告をはじめとする商用ビジュアル・デザインに関しては、「法に触れていなければ問題ない」という言い分は通用しない。 

 

 

 法に触れないことは必要条件だが、十分ではない。広告・宣伝においては何よりもイメージが大切だ。今回のような疑惑が生じた時点で、撤回になってしまうのは必然的なことである。 

 

 江口氏のXの投稿文を見ていても、この辺の意識が希薄だったように思えてならない。 

 

 模倣、あるいは盗用なのか、あるいは(“パクり”ではない)独自の創作物なのか――というのは、明確な基準があるわけではなく、判断が難しい。だからこそ、既存の創作物に「できるだけ似ないようにする」ということが重要になる。 

 

 筆者が広告会社に勤務していた際も、「これは○○に似ているから、修正してください」のようなやり取りを何度か目にしたことがある。 

 

 盗用疑惑が巻き起こった有名な事例として、アートディレクター・佐野研二郎氏デザインの東京2020オリンピックの公式エンブレムがある。 

 

 佐野氏がデザインしたエンブレムが、ベルギーのリエージュ劇場のロゴと似ていることがインターネットで指摘された。その後、同劇場のロゴをデザインした、オリビエ・ドビ氏とリエージュ劇場が、国際オリンピック委員会(IOC)を相手取り、エンブレムの使用差し止めを求めて提訴した。 

 

 最終的には、佐野氏から取り下げの希望を受け、東京五輪・パラリンピック組織委員会はエンブレムの使用中止を決定した。 

 

 リエージュ劇場のロゴは商標登録を行っておらず、商標権の侵害には当たらないと考えられていた。また、両者はそこまで類似しておらず、著作権侵害にも当たらない可能性が高かった。 

 

 しかしエンブレムが取り下げられたのは、違法行為を行ったからではなく、日本国民から支持が得られなかったからだ。 

 

 今回の江口氏の問題と同様に、東京五輪エンブレムの盗作疑惑が浮上した際に、佐野氏の過去作品に関して多数の“パクり”疑惑が取り沙汰された。 

 

 指摘の多くは、根拠に乏しいものだったが、サントリーのノンアルコール飲料「オールフリー」が行ったキャンペーンの賞品のトートバッグが、第三者のデザインをトレースしていたことが発覚。 

 

 佐野氏自身は本件について把握しておらず、スタッフが行ったものだと説明したが、同氏が監修したデザインであることには変わりがなかったため、問題があったことは確定した。それがエンブレムの撤回へと波及することになったのだ。 

 

 本件は2015年に起きた事案だが、10年を経て同じような問題が再燃したということになる。 

 

 

■なぜ“トレパク”は起き続けるのか?  

 

 直近では、2022年に人気イラストレーター・古塔つみ氏の作品の多くが“トレパク”だということが、SNSで相次いで指摘された事案が思い起こされる。 

 

 2019年には、「銭湯絵師見習い」として活動していたアーティストの勝海麻衣氏が、大正製薬のエナジードリンク「RAIZIN」のイベントでライブペインティングを行った際に描いた絵が、イラストレーター・猫将軍氏の作品に酷似しているという指摘を受けた。 

 

 2024年に発刊された書籍『マンガ・イラストにすぐ使えるキャラポーズ図鑑 自然なしぐさからアクションまで あらゆるポーズ1800』に、トレースの疑いがある図版が多く含まれているとして、出荷停止、絶版となった。 

 

 本書は、中国で出版された書籍の日本語翻訳版だったが、原書にトレースの図版が使われていたため気付くのが難しかったと考えられる。 

 

 こうした問題が起き続ける理由はいくつかある。 

 

1. そもそも、オリジナルと模倣の区別の基準自体があいまいである 

 

2. ネット上に画像があふれているため、トレースが容易になっている 

3. デジタル技術の進展により、画像の加工が容易になっている 

4. 規制やルールの強化に、クリエイターの意識が追い付いていない 

5. (2と同じ理由から)既存の画像やイラストと類似したものが存在してしまう 

6. 一般ユーザーによる“パクり”の特定が容易になっている 

 

■解決策はあるのか?  

 

 ネット上での「特定」はさかんに行われているが、事前にトレースを見抜くことは難しい。 

 

 依頼する企業や、仲介する広告会社は、問題が起こらないように細心の注意を払っている。当然、商標のチェックは行うし、類似のデザインがあれば制作者に修正を求める。 

 

 たとえば原作のパロディーやオマージュをした広告を作る場合は、原作の権利関係者に説明し、承諾を得るというプロセスを取っている。 

 

 たとえ法に触れていないとしても、批判やクレームが想定される場合は、できる限りそれを回避するように努めるのが通常だ。 

 

 

 それでも事前に気付くことができないのは、上記の1、5の理由からである。事前にあらゆる創作物を調べて、相違を確認して是非を判断することは、実質的に不可能なのだ。 

 

 江口氏の件にしても、今でこそ特定が相次いでいるが、逆に言うと、現在まで気付かれることなく放置され続けていたということになる。 

 

 それでは、解決策はあるのだろうか?  

 

 古いCMのキャッチコピーを借りると「臭いにおいは元から絶たなきゃダメ」である。つまり、制作段階でトレースやオマージュを禁止する――ということだ。逆に言えば、現状ではこれくらいしか有効な対策は見当たらない。 

 

 上記の3で挙げたように、以前は著作権や肖像権に対する意識が厳しくなく、チェック機能も不十分であったため、現在では問題になるような行為が流されていたり、発覚されなかったりした。 

 

 クリエイターが以前の感覚が抜けないまま、つい模倣や盗用に当たる行為をやってしまった――ということが起こりえる。 

 

 江口氏のXへの投稿文を見ても、上記のようなことだったのではないかと思う。 

 

■問題が発覚した後の最善策 

 

 また、問題が発覚した場合も、クリエイター本人が正直に企業側に伝え、情報を公開し、問題行為があったら謝罪を行うのが最善の対応策だ。 

 

 江口氏は沈黙を続け、第三者が相次いでトレースを指摘する状況になっているが、これは好ましい状況ではない。 

 

 自ら先手を打って対応すれば、特定活動も沈静化するし、批判も収まりやすい。過去の事例を見ても、過ちを認めて謝罪を行った人は、創作活動を続けることができている。 

 

 筆者は子供の頃、江口寿史氏の『すすめ!! パイレーツ』や『ストップ!!  ひばりくん!』に親しんできたし、江口氏デザインのミスタードーナツのノベルティ「パパリンコグラス」を集めていた。 

 

 それだけに、今回の“トレパク”問題が起きたのは非常に残念に思っている。やってしまったことをなかったことにすることはできないが、せめて後始末はしっかりやってもらいたいと願っている。 

 

西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 

 

 

 
 

IMAGE