( 330786 )  2025/10/10 06:38:05  
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中国で公開された映画「731」は、旧日本軍の731部隊を題材にしており、中国共産党にとっては「抗日戦争勝利80年」という節目を強調するための重要なプロパガンダと位置づけられていた。

しかし、映画が公開されると「低俗で史実と異なる」との酷評が相次いだ。

一方で、同時期に公開された映画「南京写真館」は高評価を得ており、国民の反応が二分されたことが注目される。

 

 

「南京写真館」は、日中戦争中の南京大虐殺を描いたもので、ヒューマンドラマとしても評価された。

一方で「731」は、初日は売上が良かったものの、その後の評価は厳しく、一部のシーンが馬鹿にされた。

観客が期待したものとは裏腹に、質の悪い「反日」映画が逆効果となり、政府の思惑通りには行かなかったという。

 

 

結果として、抗日映画は政府の正当性を強調するツールにはならず、観客の理解や感情が反映される形となった。

(要約)

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北京の映画館に飾られた「731」のポスター(右)=2025年9月16日 - 写真提供=共同通信社 

 

旧日本軍で細菌戦などの研究を行っていたとされる「731部隊」を題材にした映画が中国で公開された。中国の事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「今年は中国共産党にとって『抗日戦争勝利80年』の節目の年であり、最大のプロパガンダとなるはずの作品だった。しかし現地に住む中国人に取材すると『低俗で史実と異なる内容』『とんでもない映画』など酷評が相次いでいる」という――。 

 

■明暗が分かれた「2つの抗日映画」 

 

 今夏、中国で2本の抗日映画が大きな話題を呼んだ。 

 

 1本目は7月25日に公開された「南京写真館」、2本目は9月18日に公開された「731」だ。今年は抗日戦争勝利80年という節目の年であり、中国共産党にとって最大のプロパガンダ(政治宣伝)となるはずの大作だったが、ふたを開けてみると、国民の感想は明暗を分けた。「南京写真館」は「戦争について考えさせられる秀作」という高評価が多かったのに対し、「731」は「低俗で史実と異なる内容」「とんでもない映画」などと酷評されたのだ。 

 

 9月3日の抗日戦争勝利記念日の前後に、いずれも鳴り物入りで公開された作品だったが、なぜ、評価は二分されたのか。そして、抗日戦争を描くことで中国共産党の苦難の歴史を再認識し、その正当性を強調するという政府の思惑は、果たして成功したといえるのだろうか。 

 

■映画を見た中国人のホンネ 

 

 「『南京写真館』を観ました。一言でいうと、予想していたよりずっとよかった。私はこの映画を観ても反日感情はとくに芽生えませんでした。そういう意味では政府の思惑は失敗、ハズレだったといえるかもしれません……。脚本がよくできていると感じました」 

 

 8月初旬、上海に住む筆者の中国人の友人(40代)は、筆者にこう語ってくれた。 

 

 「南京写真館」(中国語タイトルは「南京照相館」)は日中戦争中の南京大虐殺を描いた作品だ。内容は、南京で旧日本軍は市民を殺害する一方、日中友好を装うために無理やり笑顔の写真を撮っていた。しかし、ある写真館の中国人が、市民が殺害されている写真のネガを見つけ、それを命がけで守ろうとするというものだ。その写真館は実在し、主人公のモデルになった人も実在するが、映画のストーリーや設定はすべてフィクションだ。 

 

 前述の友人は「日本軍が行った残虐な行為ももちろん描かれているが、それだけではなく、写真館に隠れていた中国人たちの心情がよく描かれていて、時代考証もしっかりしている。抗日映画ではあるが、ヒューマンドラマでもある」と絶賛した。 

 

 

■鑑賞後、子どもたちが「半狂乱状態」に 

 

 同じく上海に住む50代の日本人は、興味本位で同映画を観たが「ストーリーの完成度が高い。抗日一辺倒ではない、優れた映画だと思う。ただこれをノンフィクションだと勘違いする人もいると思うので、それが心配。史実とフィクションが巧みにミックスされている。そのことに気づかない中国人がいて誤解する恐れもある」と話した。 

 

 日本人が観ても恐怖心を感じる場面ばかりではなかったようだが、残虐なシーンでは、親に連れられて映画館に行った子どもがショックを受けて泣き叫んだり、帰宅後、それまで大切にしていたウルトラマンのカードをビリビリに破り捨てたりということが起き、ネットで話題になった。筆者が見た中国のSNSでも「残酷なシーンもあるので、子どもに見せてはいけない」といった意見が少なからずあった。 

 

 また、SNSの中には、同映画の公開後の8月に四川省江油市で起きた14歳の少女への集団いじめ事件を例にとり、「(いじめ問題に対して地元の警察官が何の対応もしなかったことを挙げて)現実に起きているいじめや暴行事件などの社会問題には目をつぶっておきながら、この映画を観て義憤にかられるのは、何か違うんじゃないかと感じる」といった声があり、「南京写真館」をもじって「江油写真館」と皮肉る人もいた。同映画が撮影された上海の撮影所は一般公開されて多くの人が夏休みにつめかけた。夏休みシーズンだったこともあり、同映画の興行収入は9月末時点で30億元(約600億円)を突破、総観客数は8500万人を超えた。 

 

■初日は「60億円分のチケット」が売れたが… 

 

 一方、本来は7月31日に公開予定だったのに、わざわざ9月18日の柳条湖事件の日にぶつけた映画「731」は、旧日本軍で細菌兵器を研究した731部隊(正式名称は関東軍防疫給水部)がテーマ。当初、「南京写真館」を上回るほどの人気ぶりで、公開初日はチケットが約3億元(約60億円)以上も売れ、そのこと自体がニュースになった〈9月末時点の興行収入は約15億元(約313億円)で「南京写真館」に次ぐヒット〉。「南京写真館」を凌ぐ全国26万カ所以上という上映館数で、毎日の上映の初回は午前9時18分に設定されたことなども話題を呼んだ。 

 

 中国のSNSでは公開前から同映画について話題にしている人が多く、「予告編を見ると、『南京写真館』よりもずっと残虐なシーンが多い」「どこまで抗日が激しく描かれているか見ものだ」といった、“怖いもの見たさ”から注目を集めた。「南京写真館」もそうだったが、同映画も、国有企業の社員が上司から「観に行くように」と動員されたり、中国共産党員の高齢者などが団体で映画館に足を運んだりするといった「観客数集め」も話題になった。 

 

 

■昭和なのに「花魁道中」が出てきて爆笑 

 

 筆者も宣伝のためのショート動画を観てみたが、SNSで見る通り、「南京写真館」よりも残虐なシーンが多く、思わず目を覆いたくなった。SNSにも恐怖心を煽るようなコメントが多くあったことと、9月18日という、中国で最も敏感な日が公開日だったこともあり、「南京写真館」よりも大ヒット間違いなし、と思われた。実際、公開当初は前述の通り、大きな話題になり、一部の映画館では行列までできていたのだが、日を追うごとにその評価は厳しいものになっていった。 

 

 一部を挙げると「なぜか日本の時代劇で見た花魁道中があって爆笑」「けばけばしい化粧の日本人女性兵士が出てきておかしい」「刑務官が和服を着ている」「日本人の兵士って鉢巻きを巻いているの?」「人体実験の被害者が十字架にかけられている」……といったシーンを挙げる人が多く、日本に詳しくない中国人でさえ「これはパロディ映画?」「こんな日本人、本当にいるの? 白ける」と酷評されたのだ。 

 

 中国に住む筆者の知人は、同映画は最初から観るつもりはなく、現在まで観ていないというが、観に行った同僚は「お金の無駄だった」「観客をバカにしている」と憤慨していたという。同僚から詳しく話を聞いた知人は「考えてみると、これは“抗日ドラマ”そのものだと思いました。実際にはあり得ないような荒唐無稽なシーンが満載で、パロディに見えてしまうという点でもそうだと思います。なぜ、超大作の映画が、そんな“抗日ドラマ”みたいな駄作になってしまったのか、首をかしげます」と話していた。 

 

■粗雑なストーリーに覚えた既視感 

 

 「抗日ドラマ」とは2000年代初頭から中国で放送され始めたドラマのひとつのジャンルで、「抗日神劇」などと呼ばれることもある。2010年代に最も多く制作され、2011年と2012年は合わせて180本が政府によって認可、放送された。主に日中戦争時代を描いた一種の時代劇で、国民党や共産党、日本軍が登場する。ストーリーはさまざまだが、えてして日本の軍人や政治家は極悪非道に描かれる。 

 

 2010年代、中国のテレビでは、どの放送局にチャンネルを合わせても放送されていたもので、粗雑なストーリーや、あり得ない設定(数百メートル離れたところに刀を飛ばして日本兵の胸をつき刺したり、血が大量に噴き出ているのに、その後、何事もないかのように歩き出したりする)が定番だった。視聴しているのは主に中高年や高齢者。抗日ドラマを観て日本への憎しみを募らせる、というよりも、最後は中国共産党万歳、といったお決まりの内容におさまるものを、娯楽のひとつとして視聴していた人が多い。 

 

 

■質の悪い「反日」が逆効果になっている 

 

 スマホやインターネットが普及した2015年頃を境に抗日ドラマというジャンルは廃れていったが(まだなくなったわけではない)、知人によれば、超大作といわれた「731」にも、同様の臭い(抗日ドラマのような粗雑な作り)を感じ取った人が多かったのではないかという。だからこそ、お金を払って映画館に足を運んだ人々は「駄作だ」と憤慨したのだろう。 

 

 この知人は言う。 

 

 「今年、抗日戦争勝利80年だというのは耳にたこができるほど聞かされていますが、だからといって社会に広がっている不安や不満を映画で解消し、不満の矛先を反日にすり替えるというのは単純すぎる、もはや時代遅れではないかと思います。もちろん、日本人と一度も接したことがない田舎の人の中には、映画に感化されてしまう人や、日本が嫌いだと思う人も大勢いると思います。でも、都市部の人は日本旅行に行った経験もあり、SNSでさまざまな情報を得ているので、質の悪い作品だと逆効果になってしまうと思います」 

 

 抗日戦争勝利80年は中国共産党にとって一つの節目であり、抗日映画は政府の正当性を強調するのに格好の材料だったが、結果的に「政府の思惑通りになった」とは言いがたいようだ。 

 

 

 

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中島 恵(なかじま・けい) 

フリージャーナリスト 

山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。 

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フリージャーナリスト 中島 恵 

 

 

 
 

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